長距離ランナーにウエイトトレーニングは必要?
長距離ランナーにウエイトトレーニングは必要ですか。
記録会や大会に行くと記者仲間や選手とその話題がよく持ち上がります。
日本の長距離界には、「ウエイトトレーニングをして筋肉をつけると重くなるので必要ない」と根深く残る“言い伝え”があります。いつごろから、そういうことが言われるようになったのか、定かではありませんが、今もそういう考えの人は多いようです。
推測ですが昔は、どの箇所をどのように強化すれば、どんな効果が得られるのか。それが分からないままやっていたのではないでしょうか。その結果、必要ないところに必要ない筋肉がついてしまい、そう思ったのかもしれません。また、指導者も「必要ない」という昔からの並びで、選手にそう伝えていた影響も大きいと思います。たしかに体が軽い方が長い距離をテンポよく走れますし、自分の走りのスタイルには必要ないと思う人がいてもおかしくはありません。実際、設楽悠太選手のように練習で作られる筋肉だけで十分という考えで、ウエイトトレーニングを取り入れていない選手もいます。
しかし、世界的にはウエイトトレーニングが積極的に取り入れられています。
昨年の世界陸上マラソン4位のカルム・ホーキンス選手(イギリス)、リオ五輪マラソン銅メダルのゲーレン・ラップ選手(アメリカ)、昨年の福岡国際で優勝したソンドレノールスタッド・モーエン選手(ノルウェー)らは積極的にウエイトトレーニングを取り入れています。ケニア、エチオピア勢と対峙する最近のアメリカ、欧州勢の活躍はウエイトトレーニングの影響が大きいと言われているのです。世界ではウエイトトレーニングはスタンダードになっていますが、日本でも大迫傑選手を始め1部の実業団の選手、そして駅伝強豪校の東洋大学や東海大学が積極的に取り入れています。
ウエイトトレーニングを取り入れることでの効果はさまざまあります。
日本の選手は故障が多いのですが、それは長い距離を走るための筋肉量が少ないからです。筋肉が少ないまま長距離を走りつづけると骨に異常が出てきますが、学生に疲労骨折が多いのは、そうした理由が一端として挙げられます。ウエイトトレーニングをして筋肉量を増やすことで故障を防止することができます。
長距離選手は長い距離を走ることや下半身のトレーニングの意識が集中して、上半身を鍛えるという意識が薄い。しかし、上半身がふにゃふにゃしていると走りが安定せず、変に体を動かしてスピードも体力もロスしてしまいます。
東洋大の西山和弥選手の背筋がピンと立ち、まったくブレないフォームは、ウエイトで上半身、体幹が鍛えられた賜物です。
東海大の關颯人選手は、さらなるスピードとパワーを活かした走りをするために昨年から本格的にウエイトトレーニングを始めました。ダンベルやシャフトを使って上半身を鍛えることで上半身が安定し、「それほど力を入れずともスピードを出せるようになりました」と手応えを感じています。
先日の関東インカレ1500mで大会連覇を達成した東海大の館澤亨次選手もウエイトレーニングを積極的に取り入れ、上半身はムキムキで、まるで短距離ランナーのような体付きになっています。さらにどら焼きやチョコをやめて、ヨーグルトやハムを食べて体重を2キロ増やした結果、ラスト200mで伸びのあるスパートを実現できるようになりました。腰回りからお尻が大きくなり、お尻とハムストリングをうまく使った走りで1500mから箱根まで幅広い距離を走れる選手に成長しています。
こうして選手が結果を出してきていることで、大学の陸上界もウエイトトレーニングという“黒船”を受け入れるようになっています。
「ウエイトは必要ない」というのは、昔よく言われた「運動中は水飲むな」と同じ匂いを感じてしまいます。現在では誰も「水を飲むな」とは言いません。世界のスタンダードが日本のスタンダードになるのは少し時間が必要なのかもしませんが、タイムが伸び悩み、何かを打開したいと思うランナーはウエイトトレーニングに取り組んでみては、と思います。自分に合うか、合わないかはトレーニングをやってみた後で判断すればいいこと。
科学的な根拠がない「ウエイトは体が重くなるから」をなんとなく信じてしまうのは、成長するチャンスを逸しているんじゃないかなと思うのです。
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