マラソン後半のペースダウンを防ぐには、筋トレ+プライオメトリクスが効く。
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、多くのランナーが経験したことがあるであろう、フルマラソン後半のペースダウンを防ぐ手立てにフォーカス。最近アメリカのスポーツ科学誌で発表された研究と、その効果についてご紹介します。
マラソンには「30kmの壁」があるとよく言われます。30kmを越えたあたりから急激にペースダウンをしてしまったことはありませんか? 私はあります。それも一度や二度ではありません。マラソンランナー100人にこの質問をすれば、きっと99人は私と同じ回答をするのではないでしょうか。
長距離を走るためにランナーが鍛えるべきは心肺能力と脚力。レベルにかかわらず、そのことは変わりません。しかし、初心者から中級者くらいまでのランナーは、どちらかといえば脚力を鍛えることを重視するべきだとよく言われます。呼吸が苦しくなっても、少し休めば元に戻ります。しかし、脚の筋肉疲労はそう簡単には回復しません。脚が止まる、あるいは脚が死ぬと表現することもあるくらいです。
できるだけ長い時間を、同じペースで脚を動かし続けるための耐久力を向上させるためには、どうすればよいのでしょうか。この課題に対して、「最大筋力」と「プライオメトリクス」を鍛えるトレーニングが効果的であると報告した研究(*1)が、最近アメリカのスポーツ科学誌に掲載されました。
いささかでもスポーツ科学に興味がある人には意外な結論ではないでしょうか。最大筋力もプライオメトリクスも、主に短距離スプリンターやパワー系アスリートたちに重要な能力だと考えられてきたからです。それらは、長距離ランナーに求められる能力ではないというのが今までの常識でした。
研究の概要。
研究の対象となったのは28名の男性ランナーです。平均VO₂maxが58.6 ml/kg/min、平均10km走タイムは39分2秒ということですので、競技レベルには及びませんが、中級者以上と呼んでいいでしょう。マラソンなら3時間切りを狙えるくらいです。
被験者ランナーたちは2つのグループに分けられました。10週間の観察期間中、通常の持久走トレーニングのみを行うEグループ(対照群)、通常の持久走トレーニングに加え、週2回の最大筋力およびプライオメトリクス・トレーニングを行うE+Sグループ(介入群)です。トレーニング内容の詳細については後述します。
評価はかなり過酷な方法が選ばれました。まずVO₂maxの約80%になるペースで90分間走り、15分ごとにランニング・エコノミー(RE:酸素消費量)を測定。その直後にペースをVO₂maxの約95%に上げ、どれだけ維持できるかを測定するタイムトライアル(TTE)というものです。想像するだけで吐きそうになるメニューですが、被験者ランナーたちはこれを観察期間の前後に行い、その結果が比較されました。
主な結果は以下の通りです。
• ランニングエコノミー(RE)の変化:
◦ E+Sグループ:90分ランニング終了時にREが2.1%改善
◦ Eグループ:同条件でREが0.6%悪化
• 疲労時タイムトライアル(TTE)の変化:
◦ E+Sグループ:TTEが35%延長
◦ Eグループ:TTEが8%短縮
この研究結果は、持久走トレーニングに加えて、最大筋力およびプライオメトリクス・トレーニングを10週間取り入れることで、ランニング・エコノミーの持久性が向上し、さらに、疲労困憊の状態から高強度のパフォーマンスをより長く維持できるようになることを示唆しています。つまり、マラソンの後半でのペースダウンを防ぐためには、最大筋力と瞬発力を高めるトレーニングが有効であると考えられるのです。
最大筋力を向上させる筋トレとは。

バックスクワット
上の研究で採用された筋トレ種目は、バックスクワット、レッグプレス、カーフレイズでした。当然ですが、走りに直結する下半身の筋肉群が主なターゲットです。特筆するべきは、1セット6回を3セットという、高重量低回数の方式で行われたことでしょう。
筋トレは、その目的によって重量や回数を調整します。筋持久力を向上させるためには、低重量高回数が一般的なセオリーです。たとえば、アントニオ猪木や東三四郎のように、床に汗で水溜まりができるまでヒンズースクワットを続ける。そんなイメージです。
最大筋力や瞬発力の向上が目的のときはその逆になります。少ない回数でもよいし、休憩を長く取ってもよいので、なるべく重いモノを挙げることで爆発的なパワーがつくと考えられています。
長距離ランナーはスピードよりスタミナが重要。だから筋トレは軽い重量でたくさんの回数をこなせ。それが今までの常識でした。
ところが、最大筋力を向上させることも、長距離ランナーのパフォーマンスに良い効果をもたらすようです。強い筋肉が、レース後半になってもランニングフォームを維持することにつながるからではないでしょうか。
瞬発力を向上させるプライオメトリクス・トレーニングとは。

ボックス・ジャンプ
プライオメトリクス・トレーニングの代表的なエクササイズには、地面から高さのある台の上に跳び上がる(ボックス・ジャンプ)、逆に台の上から地面に跳び下りる(デプス・ジャンプ)、水平方向に両足を揃えてジャンプする(ブロード・ジャンプ)などがあります。
プライオメトリクス・トレーニングの目的は、瞬発力と爆発的なパワーを高めることです。筋肉にはいったん伸びると縮まるという特性があり、これは「伸張反射」と呼ばれます。普段は無意識に働くものですが、この伸張反射のスピードをプライオメトリクス・トレーニングによって速めることで、より速くて力強いパワーを発揮できるようになるとされています。
そのため、本来プライオメトリクス・トレーニングは、瞬間的なスピードやジャンプ力を要求されるタイプの競技に向いたトレーニング方法です。陸上競技で言えば、主に短距離走、跳躍系、投擲系のアスリートたちが取り組んできました。
しかし、このプライオメトリクス・トレーニングは、長距離走ランナーにも効果があるようです。とくにレース後半で筋肉疲労が高まったときに脚を動かすには、持久力だけではなく、瞬発力もまた求められるのでしょうか。
長距離ランナーにとって朗報か。
最大筋力もプライオメトリクスも、一般的にそれほど体力的に追い込むようなトレーニングは求められません。疲れ果てた状態で行っても効果は薄いし、またケガのリスクも懸念されるからです。種目によってはゲーム的な楽しみもあります。
ひたすらに長い距離を走り込むことや、心臓が口から飛び出すような思いをしてインターバル走を繰り返すことに比べると、肉体的にも精神的にも取り組みやすい方法ではないでしょうか。トレーニングにかかる時間が短くて済むことも大きな利点のひとつです。
上で例に挙げたバックスクワットもボックス・ジャンプも、行うためにはそのための器具が必要になります。ジムに入会しないといけないことが難と言えば難ですが、試してみる価値は大いにある。私はそう考えています。
・参考文献
*1. Strength Training Improves Running Economy Durability and Fatigued High-Intensity Performance in Well-Trained Male Runners: A Randomized Control Trial
https://journals.lww.com/acsm-msse/abstract/9900/strength_training_improves_running_economy.743.aspx