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COLUMN

川内優輝選手の良さ

2018.05.11
Scott Eisen/Getty Images
Shun Sato

ボストンマラソン優勝で世界に名を残した川内優輝

川内優輝選手は陸上界、マラソン界の「異端児」と呼ばれています。
埼玉県庁で公務員として働きながら短期間にマラソンやハーフのレースを連続して走るなど実戦重視のやり方で強さを磨き、「マラソン2時間20分以内の最多完走数78回」でギネス記録を達成。先日は、ボストンマラソンで優勝しました。

いわゆる一般的なマラソン練習を踏襲している人にとっては川内選手の流儀は異端なのかもしれないですが、練習や競技に対する取り組み方は人それぞれであって正解はありません。数年後、川内選手のやり方が陸上界のスタンダードになる、そんな可能性だってゼロではありません。そうした一匹オオカミ的で独特の強さを見せる川内選手は多くのファンに支持されています。実際、マラソンを走る時、沿道を始め、彼を応援してくれるファンが非常に多いのです。

川内選手の魅力はユニークな言動やレースで見せる高い競技力だけではありません。

昨年の福岡国際マラソンの時でした。
レースが終わって、会場の外では川内選手を待つ大勢のファンがいました。川内選手は公務員なので他チームのように監督、コーチの付き添いもスタッフもいません。この時も会場からひとりで出てきて、ファンにサインや写真撮影に気軽に応じていたのです。
ここまではよくあるシーンです。

しかし、次第にファンの数が増え、川内選手の前には長い列が出来ました。スタッフなど誰も止める人がいないので、どんどん列が長くなっていきます。「大丈夫かなぁ」と思いつつ、私は日本人トップの大迫傑選手の取材のために記者会見場に行き、その後も彼が会場を去るまで取材をしていました。その間、1時間ぐらいでしょうか。

また、違う選手を追ってメインスタンドの入り口付近を通ると川内選手の前は、1時間前とほとんど変わっておらず、ファンが長い列をなしていたのです。しばらく川内選手の様子を見ていると「えぇ」と思いました。川内選手はサインや写真撮影だけではなく、ひとりひとりとゆっくり会話をしていたのです。馴染のファンの方も来ていたのでしょうが、市井の人ともまるで道端で偶然あった知り合いみたいな感じで談笑をしています。
こりゃいつまで経っても終わらないなぁって見ていました。

30分後、その前を通ると川内選手の前にはまだ20人ほど並んでいました。そして、最後の一人のサインを終えた後、「ありがとうございました」とお礼をいい、頭を下げたのです。

川内選手は、公務員のアマチュア選手。
本音は42.195キロを走って疲れているでしょうし、早くゆっくりしたいはずです。でも、そんな表情を微塵も見せず、笑顔で丁寧に対応していたのです。
これはなかなかできることではありません。

プロスポーツの選手は、全員がサインや写真に前向きなわけではありません。ファンの呼びかけに聞こえないフリをしてサッサと行ってしまう選手もいます。ファンあってのプロスポーツという自覚がないのか、単に面倒くさいだけなのか、わかりませんが、この対応ひとつが、その先自分やそのスポーツを応援してくれるファンになってくれるか、それともそのファンを失い、そのスポーツへの関心をも失うことになるか、大きな分かれ目になります。川内選手は自分を通して多くの人にマラソンという競技に興味を持ってもらいたいと思っているのでしょう。その思いが強いので何時間もファンへの対応ができるのです。そういう選手は、調子の良し悪しにかかわらず応援され続けます。

川内選手がファンに愛されているのは、もちろん丁寧な対応だけではありません。歯を食いしばり、頭を左右に振りながら必死になって走っている姿は、見ている人の胸を打ちます。結局、人を感動させるのは、勝とうが負けようが、どのくらい一生懸命走る姿を見せられたかだと思います。

川内選手は毎回、その姿を見せてくれますし、だからこそファンの心をとらえて離しません。箱根駅伝4連覇を達成した青学大陸上部の原晋監督からも「一緒に練習をやりましょう」とラブコールを送られるなど、今やいろんな人を“川内ワールド”に引き込みつつあります。

川内選手は来年、プロへの転向を宣言しました。

走りに集中するために公務員を辞めて31歳での独立です。マラソンは息の長いスポーツですが、それでも安定した職を捨ててプロになるのは、決して簡単な決断ではなかったと思います。

ただ、プロになっても川内選手は十分にやっていけるでしょう。
妥協しないマラソンへの取り組み方、誠実なファン対応を見ても、彼はすでにプロフェッショナルの意識を持っています。

今後、どんなプロランナーになるのでしょうか。
想像がつかないからおもしろい。

それも川内選手の魅力だと思います。

 

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Shun Sato
佐藤 俊
北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て93年にフリーランスに転向。現在はサッカーを中心に陸上(駅伝)、卓球など様々なスポーツや伝統芸能など幅広い分野を取材し、雑誌、WEB、新聞などに寄稿している。著者に「宮本恒靖 学ぶ人」(文藝春秋)、「駅伝王者青学 光と影」(主婦と生活社)など多数。
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