ベニスビーチからサンタモニカへ ― 観光とジョギングを同時に楽しむ極上の海岸ロード。
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、アメリカ・ロサンゼルスらしさを感じられるビーチタウンの観光ランをご紹介。気持ちの良い気候に美しい景色、そして気軽に走るにはちょうど良い距離と、すべてが揃ったとっておきのコースをご案内します。
今回は、ベニスビーチとサンタモニカを往復する、とっておきの旅ランを紹介します。ハリウッドとディズニーランドを、誰でも知っているロサンゼルス観光のホームラン王だとすれば、この2つの町はいぶし銀のようにしぶい、知る人ぞ知る名所です。扱いはさほど大きくないかもしれませんが、どのガイドブックにも登場するはずです。
ベニスビーチとサンタモニカは、海岸沿いで南北隣り合わせに位置します。わずか4kmほどしか離れていません。しかも、その間を歩行者と自転車専用の「オーシャンフロント・ウォーク」が一直線に結んでいます。その名の通り、海に面した遊歩道です。道路の周りには白い砂浜が広がり、パームツリーが揺れ、波の音が聞こえ、潮風が頬を撫で、無粋な信号待ちは一切ありません。
そんな道があるならば、走ってみるしかないだろう。ランナーならきっとそう思いますよね。ぜひ思ってください。なぜなら、この道を走るとこんなに善いことがありますよ、という話だからです。私は、これまでにアメリカのいろいろな場所を走ってきましたが、観光しながら走るという意味では最高のルートです。
ベニスビーチをスタート地点にするべき理由とは。

ベニスビーチ付近のオーシャンフロント・ウォーク。
2028年のロサンゼルス・オリンピックでは、ベニスビーチがマラソン競技のスタート地点になることが決定しています。ロード・サイクリング競技も同様です。さらには、トライアスロン競技もベニスビーチで行われます。
ベニスビーチは、まさにロサンゼルスの耐久系スポーツを象徴する街であるとも言えるでしょう。ここをスタート地点にして、サンタモニカ・ピア(桟橋)で折り返すコースを私がオススメする理由は他にもありますが、それについては後述します。
また、ベニスビーチはアメリカの多彩なポップカルチャーを楽しむことができる場所でもあります。街中の建物は、壁画あるいは落書きに覆われ、路上には絵画や写真、手作りのアクセサリーなどを並べるアーティストやストリートパフォーマーの姿が多く見えます。
オーシャンフロント・ウォーク沿いには、個性的なカフェやお店も並んでいます。なかには、ちょっとお子様には見せたくないメッセージが書かれたアパレルなどを、ショーウィンドウどころか歩道にまではみ出して堂々と飾っているお店もありますけど。

オーシャンフロント・ウォークから直接出入りできるギフトショップ。
ベニスビーチは、ボディビルダーにとっても聖地です。かのアーノルド・シュワルツェネッガーが、若い頃トレーニングに励んだ伝説の屋外ジム『マッスルビーチ』は、現在も日差しを浴びながらスクワットやベンチプレスに挑む人と彼らを見物する人たちで賑わっています。
他にも、バスケットボール、ビーチバレーボール、ラケットボール、スケートパークなど、さまざまなスポーツを楽しむための施設がビーチ周辺に点在し、芝生にマットを敷いてヨガやフィットネスにいそしむグループもたくさんいます。
ここではスポーツが日常であり、文化の一部なのだとしみじみ感じられるでしょう。むろん、それはランナーにとっても実に嬉しいことです。
サンタモニカ・ピアで折り返す喜びとは。

ルート66最終地点の看板は人気撮影スポット。
ベニスビーチを離れ、オーシャンフロント・ウォークを北に向かうと、走りやすい平坦なコースが続きます。進行方向の左側には砂浜と太平洋が広がり、右側が街です。数多くの歩行者、ランナー、サイクリスト、ローラーブレーダーらが行きかいます。
やがて、前方にサンタモニカの象徴である「サンタモニカ・ピア(桟橋)」が見えてきます。観覧車のある遊園地を中心に、ギフトショップやレストランが立ち並ぶ、とびっきり賑やかな場所です。
サンタモニカは、ルート66の最終地点でもあります。アメリカの「マザーロード」と呼ばれ、数々の映画やドラマに登場したルート66は、1926年に国道として正式に指定され、1985年に廃線となりました。来年の2026年には100周年を迎えます。
イリノイ州シカゴから西へ向かい、8つの州といくつもの小さな町を通り抜け、全長約2,400マイル(約3,862km)の果てに到着するのが、ここサンタモニカの海岸なのです。
桟橋の向こうは太平洋が広がっています。もうこれ以上は先へ進めません。どこかで聞いたフレーズだと思いませんか。前回のコラムを読んでくれた人なら、なんだ、また映画『フォレスト・ガンプ』の話かよ、とすぐに分かりますよね。
故郷アラバマを出発して、「とくに訳もなく」北米大陸を西へ西へと走り続けたフォレストが、桟橋の先端で立ち止まり、太平洋を前にくるりと180度反転し、また別の海(大西洋)へ向かって走り始める。実にここがその西側の折り返し地点なのです。
だからこそ、サンタモニカ・ピアは単なる観光スポットではない。ランナーにとっての聖地だ。そう思う人は私だけではないようです。
桟橋の先端まで走り、海を眺めて、また走り出す。その脳裏にはきっと『フォレスト・ガンプ』のサウンドトラックが流れているのだろう、いなくなったジェニーや天国に行ったママのことを考えているのだろう。そんな風に見えるランナーは私の他にも何人かいました。そうでなければ、あれだけ人で込み合った場所をわざわざ走る理由が思いつきません。

「Bubba Gump Shrimp Company」のレストラン前のベンチには、フォレストのスニーカーとカバンのオブジェが飾られている。
おわりに。なぜ(わざわざ)観光地を走るのか。
フォレストたりえない凡庸な私は、むろん大西洋までは走れません。走ってきた道を引き返し、ベニスビーチに戻ると、かかる時間は1時間程度。人にもよるでしょうが、朝のジョグとしてはちょうどよいくらいのルートです。同じ道を往復するわけですが、見る角度によって海は姿を変えますし、行きに見逃したものを帰りに気がつくこともあります。
ジョグのスピードは歩くより速く、車より遅いですよね。観光には向いていると思います。自転車もよいですが、その辺に面白そうな人がいても、ちょっと止まって話をすることは難しくなります。やはり自分の足で走るのが一番です。
とは言え、普段走っていない人が旅先で急に走れるようにはなりません。走る気にすらならないでしょう。仮に試してみても、へとへとに疲れるだけで景色を楽しむどころではないはずです。
「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」と故アントニオ猪木さんは言いました。及ばずながら、私もいつでもどこでも旅ランを楽しむだけの体力を維持していきたいとは常々考えています。それが毎日飽きもせず(と見えるそうです)走ることに対する私なりのモチベーションなのです。