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COLUMN

土方歳三、高田屋嘉兵衛、新島襄、そして源義経? 北海道・函館を歴史散策ラン。

2025.08.03
GO KAKUTANI

土方歳三、高田屋嘉兵衛、新島襄、そして源義経? 北海道・函館を歴史散策ラン

アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、日本での旅ランの様子をお届けします。舞台は北海道・函館。キレイな街並み、急坂、そして至る所に残る歴史の面影。旅ランの魅力がいっぱい詰まった函館での歴史散策ランを、お楽しみください。

全国的に梅雨入りが発表されていた6月の中旬、梅雨のない爽やかな北海道の函館へ行ってきました。2週間後に控えていた函館マラソン(6/29)に万全をきたすべく、早めに現地入りしようと思ったのです。というのは嘘で、ただの観光です。

もっとも、私にとって観光とは走ることとほぼ同義ですので、マラソンを走る人とあまり格好は変わらなかったと思います。足元はランニングシューズ、背負ったバックパックの中身は着替えだけ。いつもの旅ランなのですが、今回の行先に函館を選んだのは自分なりに理由がありました。

土方歳三と五稜郭。

函館を訪れるのは2回目でした。前回はまだ私が大学生だった大昔のことで、オートバイで北海道を1周するという旅の始まりでした。1昼夜かけて横浜から青森まで走り、そこから青函フェリーに乗って、函館へ辿り着いたときはヘトヘトだったはずなのですが、夢にまで見た北海道の大地を走りたいという思いで、すぐに北上してしまいました。そのため、函館市内のことはほとんど記憶に残っていませんでした。

今回の旅は、東京駅から北海道新幹線で僅か4時間弱。津軽海峡の海底をくぐる青函トンネルを通ると、あっけなく函館に到着です。こんなに簡単でいいのか、と思わなくもありませんが、有難いと言えば有難いですね。

ところで、函館と言えば土方歳三です。最近映画化もされた、司馬遼太郎著『燃えよ剣』で有名ですね。この新撰組副長は、滅びゆく江戸幕府への節義を貫き、最後の最後まで明治新政府に抗い、函館で壮烈な戦死を遂げました。享年34歳。

土方歳三、高田屋嘉兵衛、新島襄、そして源義経? 北海道・函館を歴史散策ラン

唯一現存する土方歳三の肖像写真。

土方の短い生涯のうち、函館にいたのは最晩年の約半年に過ぎないのですが、当地での人気は凄まじいものがあります。市内のお土産屋には土方グッズが溢れています。シャレでも冗談でもなく、「土方歳三まんじゅう」だって平積みになっているのです。あの印象的な肖像写真も市内のあちこちで見られます。高知県の高知龍馬空港やモンゴルのチンギスハーン国際空港のように、函館駅や函館空港にも土方歳三の名前を冠してもよいのでは、と思うほどです。

もちろん、異論のある方もおられるでしょう。函館はなんといっても北島三郎だろうと「は~るばる きたぜ~」と歌い出す演歌好きの人や、いやいや石川啄木ですよとじっと手を見る文学好きの人もいるかもしれません。それでも、函館の街を少しでも歩けば(走れば)、土方歳三と新選組の存在感を否定することはできないはずです。

土方歳三、高田屋嘉兵衛、新島襄、そして源義経? 北海道・函館を歴史散策ラン

函館名物(?)「土方歳三まんじゅう」。

函館駅を内陸へ向かい、大通りを約4km走ると、函館最大の観光スポット、五稜郭に着きます。ほぼ平坦な道のりで、歩道はよく整備されています。市街地としては抜群の走りやすさです。

五稜郭は江戸幕府が西洋型の要塞を意識して築いた城郭です。箱館戦争では榎本武揚率いる旧幕府軍の本拠地となりました。現在では函館でもっとも人気の高い観光スポットのひとつです。高さ約100mの五稜郭タワーの展望台から、その特徴ある星形の外観が一望できます。

土方歳三、高田屋嘉兵衛、新島襄、そして源義経? 北海道・函館を歴史散策ラン

五稜郭タワー展望台からの眺め。

ただ、司馬氏によると、当時としても五稜郭の軍事的な防御力はきわめて劣弱だったそうです。はっきり言えば見掛け倒しだったらしく、土方もここでの籠城を選びませんでした。僅かな人数で函館市街へと出陣し、絶望的な最後の戦いに挑みました。

五稜郭の外周は約1.8kmですので、皇居(旧江戸城)と比べても3分の1程度の規模でしかありません。平和な現在となってはどうでもいいことですが、軍事知識などというものはかけらもない私から見ても、五稜郭の堀は浅く、低い土塁で囲まれているだけで、いかにも攻めやすそうです。石を投げても届きそうです。

現在の五稜郭はランニングには最適の公園になっています。堀の外側を走る広い遊歩道には信号がなく、距離も手頃です。多くの地元ランニングクラブらしきグループやジョガーたちを目にしました。私もとりあえずそこを1周した後に、堀の内側の土塁も走ってみました。こちらは木々に囲まれた静かなトレイルでした。

史跡を巡る旅ラン。

函館には、土方歳三以外にも、歴史オタク(あるいは司馬遼太郎オタク)の心をくすぐる史跡が数多くあります。

函館駅から海へと向かい、五稜郭とは逆方向に港沿いの道を約1km走ると、金森赤レンガ倉庫が見えてきます。観光客が賑わうスポットらしいのですが、私が走った早朝には人っ子ひとりいませんでした。

そのすぐ近く、海に向かって建つのが新島襄の銅像です。同志社大学の創設者として有名ですが、もともとは函館から密航してアメリカへ渡った人なんですね。現在のトランプ政権なら国外追放の対象となったかもしれません。

土方歳三、高田屋嘉兵衛、新島襄、そして源義経? 北海道・函館を歴史散策ラン

新島襄の銅像。

そこからふたたび内陸へと坂道を登っていくと、夜景で有名な函館山をバックに海を睨む高田屋嘉兵衛の銅像があります。司馬氏が『菜の花の沖』で描いた、この江戸時代きっての快男子は淡路島出身の漁師でしたが、蝦夷地(現在の北海道)と本州を結ぶ国内貿易で大を成し、さらに民間人ながら外交トラブルを解決するために自ら希望してロシアへ渡りました。

土方歳三、高田屋嘉兵衛、新島襄、そして源義経? 北海道・函館を歴史散策ラン

高田屋嘉兵衛の銅像。

新島も嘉兵衛も函館で生まれ育ったわけでも、長く住んでいたわけでもないことは土方と共通しています。それにもかかわらず、彼らを郷土の偉人として受け入れているわけですので、函館の人たちは懐が深いコスモポリタンです。さすがは幕末に日本で2番目に開港した国際港です。横浜や神戸より早いのです。

嘉兵衛像から約1km離れた元町公園周辺には明治時代の洋館や教会が並び、函館港を眼下に眺める、まさに絵になる景色が広がっています。インスタ映えのする写真を撮るためなら、ここでランを終えてもよいのですが、歴史オタクにはまだまだ足を止めてはいけない理由があります。

かの源義経が平泉で兄頼朝の追討から逃げ延び、北海道へ渡り、やがてユーラシア大陸でジンギスカンになったことは有名な史実(?)ですよね。義経一行は津軽から北海道へ渡航する際、暴風雨に見舞われ遭難しそうになりましたが、ここ船魂明神の加護によって無事函館に上陸できたという伝説が残っています。

土方歳三、高田屋嘉兵衛、新島襄、そして源義経? 北海道・函館を歴史散策ラン

船魂神社。

船魂神社は険しい登り坂の奥にありますが、ぜひ頑張って立ち寄っていただきたい。ちなみにお隣は北海道函館西高等学校。ここの生徒は毎日の登校だけで足腰が鍛えられるのではないでしょうか。

坂道を下って港へ戻り、1kmほど北へ向かって足を伸ばせば、箱館戦争最大の激戦が行われた弁天台場跡です。守備にあたっていた新選組が最後を迎えた地であるとの石碑が建っています。現在は児童公園です。「夏草や兵どもが夢の跡」の一句が頭に浮かぶのは私だけでしょうか。

土方歳三、高田屋嘉兵衛、新島襄、そして源義経? 北海道・函館を歴史散策ラン

「新選組最後の地」の石碑。

まとめ:函館と歴史散策ラン。

上に挙げたスポットはすべて函館駅から半径5~7kmくらいの距離に収まります。私は2回に分けましたが、元気のある人なら1日ですべて走って回ることも可能でしょう。観光とランニングを組み合わせる――それだけでも十分に楽しい「旅ラン」ですが、そこに歴史というストーリーが加わると、非日常性がさらに高まります。函館の史跡を巡る「歴史散策ラン」、ご同好の士はぜひ試してみてください。

Go Kakutani
角谷 剛
アメリカ・カリフォルニア州在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持ち、現在はカニリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務めるほか、同州ラグナヒルズ高校で野球部コーチを兼任。また、カリフォルア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に電子書籍『ランニングと科学を斜め読みする: 走りながら学ぶ 学びながら走る』がある。https://www.amazon.co.jp/dp/B08Y7XMD9B 公式Facebook:https://www.facebook.com/WriterKakutani
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