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COLUMN

モンゴルの大草原を(自分の足で)走る。ランナーならではの楽しみとは。

2025.08.17
GO KAKUTANI

モンゴルの大草原を(自分の足で)走る。ランナーならではの楽しみとは

アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回も、前回に引き続き旅ラン編です。舞台はモンゴルの大草原。壮大な、という言葉がぴったりくる草原を気の向くままに走る、そんなランナーの特権を体験してみました。

モンゴルの草原で馬に乗る。そんな夢のようなツアーに参加してきました。5泊6日の期間中は毎日朝から晩まで馬に乗り、夜はゲルに宿泊するというものでした。

『風の旅行社』が企画・催行する「ほしのいえセレクト乗馬6日間」がそれなのですが、このツアーは私がまさに参加している最中に、日本旅行業協会(JATA)「ツアーグランプリ2025」大賞にあたる国土交通大臣賞に選出されました。

私はきわめて自分勝手な性格で、団体活動が苦手です。添乗員さんのお世話になる旅行は中学校の修学旅行以来ではないでしょうか。今回のツアーはそんな私でも楽しくて仕方がないと思うほどの素晴らしいものでしたが、それでも皆で行う行事以外に個人的な楽しみを追求することも忘れませんでした。

それこそが、夜明け前にひとりでゲルを抜け出し、草原を走り回ることでした。それの何が楽しいの? が一般的な反応かもしれませんが、そんな時間が1日に1時間でもあるだけで気分が開放されることを、ランナーなら理解していただけると思います。

モンゴルの大草原を(自分の足で)走る。ランナーならではの楽しみとは

午前5時前の朝焼け。

司馬遼太郎に遥かに及ばず。ランナーのための新「草原の記」

「空想につきあっていただきたい」という文章で、司馬遼太郎著『草原の記』は始まります。空白行のあとに、「モンゴル高原が、天にちかいということについてである」と続きます。

これほどまでに引き込まれる文章を、私は他で読んだことがありません。この本に出会うまでの私は、モンゴルと言えば、チンギス・ハーンと朝青龍・白鵬翔の名前しか思い浮かびませんでした。そんな無知無教養な私をこの草原の国へ導いてくれた。それだけでも司馬氏と同じ言語を共有していてよかったと心の底から感謝するほどです。

日本人の琴線に触れる名作を数多く残した司馬氏ですが、実は旧制大阪外国語学校蒙古語部(現・大阪大学外国語学部モンゴル語専攻)が最終学歴です。少年の頃からモンゴルに憧れていた司馬氏は1973年と1990年に念願だったモンゴル訪問をはたしました。上記『草原の記』は2回目の旅行後に書かれたものです。全編、モンゴル人とその風土への憧憬と賛仰で埋め尽くされた作品です。

司馬氏はさらに本書の中である漢詩の1節を引用し、読者の想像力を限りなく広げてくれます。

「天ハ蒼蒼、野ハ茫茫、風吹キ、草低く、牛羊ヲ見ル」

私がこの目で見たモンゴル高原は、この6世紀に書かれたという古詩が描写する通りの風景でした。

モンゴルの大草原を(自分の足で)走る。ランナーならではの楽しみとは

草原には馬、牛、羊、山羊が放牧されている。

非才を顧みず、司馬氏に倣って、ランナーの皆さんに問いかけます。どうか空想してください。

草の上に立ち、周りを見渡すと、360度、視界を遮る人工物が何もない大地が広がっています。乾いた風が草を揺らし、真っ青な空に白い雲が流れています。草原に道はありません。気の向いた方向に足を踏み出し、どこまで行っても、どこを曲がっても、すべては自分の思うままです。

そんなジョグをしてみたいとは思いませんか。それがまさにモンゴル高原で私が体験したことです。

ロードでもトレイルでもない、草原ラン

ふだんの私たちは「道」の上を走ります。それが舗装されたロードであれ、あるいは山間部のトレイルであれ、進むことができる方向は道に決められています。選択肢が限定されているとも言えるでしょう。ところが、この草原では好きな方向に好きなだけ走ることができるのです。

広く、手つかずの自然なら、私が住むアメリカにも砂漠や平原のような土地があります。しかし、そうしたところの多くは容易に人を寄せ付けません。道路脇に有刺鉄線のフェンスが延々と続いていることもありますし、サソリやガラガラヘビなどの危険もあります。「開拓」や「開発」なしには人が住むことができない不毛の大地です。モンゴル高原では紀元前の昔から人と動物が共生しながら、それでもなお、これだけの大自然が残っています。

モンゴルの大草原を(自分の足で)走る。ランナーならではの楽しみとは

水際に集まる馬の群れ。

モンゴル高原の夏は、日中の日差しは強いものの、朝晩はひんやりと涼しいくらいの気温です。湿度は低く、快適そのもの。走るには申し分ありません。地面は固く乾燥し、草の丈は低く、馬にも人間にも走りやすい条件が揃っています。

ただ、足元には多少の注意が必要でした。地面には小さな穴があちこちにあるからです。野ネズミの巣です。さらに言えば、大小さまざまな動物たちの糞が散らばっています。足の踏み場もない、と見るか、そんなの踏んだところで問題はないと開き直るかは、人それぞれでしょう。

この自然で生まれ育った動物たちは、死ぬと自然に還ります。死骸はハゲタカなどの猛禽類が食べます。草原に残されるのは白骨のみ。ある意味、もっともモンゴルらしいとも私には思える、そんな光景をいくども目にしました。

モンゴルの大草原を(自分の足で)走る。ランナーならではの楽しみとは

草原に残された白骨。

モンゴルの国土面積は日本の約4倍の広さということです。まるで海のように平坦なところもあれば、なだらかに起伏しているところもあるそうですが、私が滞在していたのは後者のタイプの土地でした。低い山と呼ぶべきか、高い丘と呼ぶべきか、周囲を見下ろすことができる高所がいくつかありました。

どれもせいぜい数100メートルくらいの高さでしかなく、周りの広さからすると、シーツのしわのようなものですが、それでも高いところがあると、そこに登ってみたくなるのは人間の性でしょうか。段々と草が少なくなり、ガレキが目立つような高さまで来ると、動物たちの跡は見えなくなります。

見晴らしの良い場所には必ずと言ってよいほど、自然石を積み上げた「オボ」がありました。モンゴル人たちの祈りの対象だということです。日本の山でも見る「ケルン」に似ている気もします。

モンゴルの大草原を(自分の足で)走る。ランナーならではの楽しみとは

自然石を積み上げた「オボ」。

現在は日本からモンゴルへ行くことはさほどの難事ではありません。成田空港や関西空港からウランバートルまでの直行便に乗り込めば、たった5時間ほどでチンギス・ハーン国際空港に到着します。

この大草原の国に憧れる人は多いでしょう。そこに足跡をしるしてみたい、あるいは自分の足で走ってみたいと願うランナーにも、ぜひお勧めしたいと思います。

モンゴルの大草原を(自分の足で)走る。ランナーならではの楽しみとは

朝陽に照らされた筆者の影。

Go Kakutani
角谷 剛
アメリカ・カリフォルニア州在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持ち、現在はカニリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務めるほか、同州ラグナヒルズ高校で野球部コーチを兼任。また、カリフォルア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に電子書籍『ランニングと科学を斜め読みする: 走りながら学ぶ 学びながら走る』がある。https://www.amazon.co.jp/dp/B08Y7XMD9B 公式Facebook:https://www.facebook.com/WriterKakutani
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