カリフォルニア州都、サクラメントを市内観光ラン
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。第8回を迎える今回は、「旅ラン」をテーマに、カリフォルニア州の州都サクラメントを訪れます。市内観光にぴったりなランニングで巡るサクラメントの街、そしてほろ苦いレースの思い出。やっぱり旅ランはいいものです。
見知らぬ土地を走るのは楽しいものです。美しい自然の景観を眺めながら走るシチュエーションはもちろんのこと、都会の街中を走ってみても、思わぬ出会いや発見をすることがあります。ジョグのスピードは観光に適しているのではないでしょうか。クルマでは気づかずに通り過ぎてしまうものもありますし、歩いていては見られるものが限られてしまいます。旅のモードを余分に持てることも、ランナーであることで得られるメリットのひとつです。
もちろん素晴らしいことばかりではありません。地元や馴染みの場所を走るときとは異なり、旅ランではいつも物事がスムーズに運ぶとは限らないからです。道に迷うことや、トイレや給水の場所を見つけられないこと、色々な意味で危ない目に遭うこともあります。と言うか、まったくトラブルが起きない旅ランの方が珍しいでしょう。
今年の初夏に、カリフォルニア州都のサクラメント市内を早朝ジョグしたときは、そんな稀有ともいえる経験をしました。
広過ぎず、狭過ぎず、変化がある街
サクラメントの人口は約50万人。州都でありながら、同じカリフォルニア州にあるロサンゼルスやサンフランシスコと比較すると、かなり規模が小さな都市です。ほぼ同じ人口を持つ、愛媛県松山市と姉妹都市の関係にあります。
東京なら皇居、ニューヨークならセントラルパークのように、市内の中心部にあって、しかもランニングに最適なのは、カリフォルニア州会議事堂があるCapitol Parkです。議事堂の周りは約40エーカーの公園になっていて、青々とした芝生と大きな樹木を縫う歩道を走っていると、所々に配置されているバラ園やカリフォルニア州の歴史に関する史跡、銅像が次々に現れます。地元のグループと思われる、ランナーたちの集団ともすれ違いました。
議事堂の正面から西に向かって、Capitol Mallと言う名の大通りを1kmほど走ると、大きな川が見えてきます。カリフォルニア州最大の河川、サクラメント川です。サクラメントはこれといった産業を持たず、交通の要衝として発展した都市で、この川の水運も大きな役割を果たしてきました。
川沿いには、ゴールドラッシュ時代からの建物を保存したオールド・サクラメントと呼ばれる一角があります。昼間は大勢の人で賑やかな観光スポットですが、私が走るような早朝だと、文字通り人っ子ひとり見ることはありませんでした。早起きをすると三文以上の得をすることもあるのです。
レース&観光の落とし穴
ところで、私は以前にもサクラメントに来たことがありました。当地で行われるマラソンレース、California International Marathon(略称CIM)に出場したことがあるのです。1983年に第1回大会が開催されて以来、新型コロナウイルスのパンデミックがあった2020年を除き、毎年12月上旬に行われています。私が参加したのは2014年。今回は約10年振りのサクラメント再訪でした。
なぜ、そのことを先に書かなかったのか。実は、あまり良い思い出のあるレースではないからです。CIMやサクラメントに問題があったわけではなく、単に私が思うようなタイムを出せなかっただけなのですけれど。
CIMは片道コースです。ランナーたちは郊外のスタート地点までバスで運ばれ、前述した州会議事堂前広場に設置されたゴールを目指します。いくつかのアップダウンはあるものの基本的には下り基調であるため、自己ベストが出やすい高速レースとして知られています。
私の狙いもそこにありました。具体的には、当時3時間30分台だったベストタイムを5分以上短縮し、翌年のボストンマラソンの出場資格を得ることを目論んでいたのです。ご存じかどうか分かりませんが、米国の市民ランナーたちは、ボストンマラソンの出場資格タイムを突破することを“BQ”(Boston Qualified)と呼び、大変な名誉だとしているのです。
長い話を短くすると、その日のレースは私が願っていた通りには行きませんでした。3時間30分どころか、4時間を切ることもできなかったのです。
レースの3か月くらい前からけっこう真剣に練習しましたし、直前の体調は上々だと感じていたし、当日の天候コンディションは良好でしたし、特にアクシデントもなかったのに、なぜか脚が全然動いてくれませんでした。
まぁ、努力したから必ず結果が出るとは限らないのがスポーツです。誇るわけではありませんが、私は子どもの頃から負けることには慣れています。それはよいとしても、タイムばかりを気にして走っていたため、初めて訪れたサクラメントの街並みも郊外の景色もまったく記憶から消えてしまったことは残念でした。なにしろ、その「旅ラン」を記念する写真といえば、帰宅する空港のレストランでヤケ酒をしたときの1枚しか残っていないのです。
もちろん、すべての責任は私にあります。せめてすぐに反省して、トレーニング方法も考え直せばよかったのでしょうけど、いつものように「明日考えるわ」と酔っ払ってしまいましたので、何も得ることがない旅ランになってしまいました。
レースに参加すると見知らぬ土地でも道に迷う心配はありませんし、旅をするモチベーションにもなります。ただし、レースの出来不出来が旅の思い出までをも左右してしまうのでは本末転倒です。気をつけましょう。自戒を込めて。