長距離走を部活に選ぶ高校生たちのキャラクター
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。第2回目の今回は、アメリカで長距離走を部活に選ぶのはどのような生徒なのか、そのキャラクターについてご紹介します。
私はアメリカ・カリフォルニア州にある2つの高校で、クロスカントリー走部と野球部という異なる部活動の指導員をそれぞれ務めています。アメリカでは大抵のスポーツはシーズン制で行われます。カリフォルニアの高校スポーツに話を限定すると、クロスカントリー走は夏から秋(8~11月)、野球は春から夏(2~6月)がシーズンですので、そんなことが可能なのです。
そのおかげで、ほぼ1年中、アメリカのティーンエイジャーたちと日常的に接しています。それだけでもなかなか得難い機会だと感じてはいるのですが、長距離走と野球という、いわばまったく異なるタイプのスポーツに関わることで、それぞれの特性と影響について考えさせられることも日々あります。
マルチ・アスリートを生み出す土壌
スポーツがシーズン制であることのメリットはいくつかあります。そのひとつは、複数のスポーツを経験できることでしょう。アメリカにはマルチ・アスリートが多いことはよく知られています。
かつてはMLBと NFLの両方で活躍したボー・ジャクソンやディオン・サンダースらがいました。NFL史上最高QBとの呼び名が高いトム・ブレイディやパトリック・マホームズは、高校時代はアメフトと野球を掛け持ちして、卒業時にはMLBからもドラフト指名を受けました。昨年のWBCで人気者になったラーズ・ヌートバーも、高校時代はアメフトでも一流の評価を得ていたそうです。
彼らのようなトップアスリートではなくても、ふつうの高校生が複数のスポーツ系部活動に参加することは珍しくありませんし、また推奨されます。総合的な運動能力を高めるうえでも、燃え尽き現象やスポーツ障害を防ぐうえでも、有意義なことだと私も思います。
個人スポーツとチームスポーツのどちらを選ぶか
しかし、実際の高校生たちをよく見ていくと、彼らマルチ・アスリートたちにもある種の決まったパターンがあるようです。校内外で目立つのは、野球やアメフト、そしてバスケットボールのようなチームスポーツに所属するグループです。それよりぐっと地味な存在になるのは、クロスカントリー走、レスリング、テニス、陸上競技などといった個人スポーツをこなすグループです。
そしてどうやら、その両方を行き来する生徒は少ないようなのです。あるチームスポーツに所属する生徒はシーズンオフには別のチームスポーツに、個人スポーツを行う生徒は他シーズンでも別の個人スポーツを行うことが多い印象があります。たとえば、アメフトのシーズンを終えた生徒が野球部に入り、またクロスカントリー走部のシーズンを終えた生徒が陸上競技部に移る、といった具合です。
言うまでもないことですが、個人スポーツとチームスポーツのどちらを好むかは身体的かつ精神的な個性に属する部分です。同じチーム内でも生徒の性格はさまざまです。それでも、私が指導するクロスカントリー走部と野球部の生徒たちを見比べてみると、それぞれ全体的な傾向がある気がしてなりません。
成績は良いが、集団行動が苦手な長距離ランナーたち
まず、クロスカントリー走部には、学業成績が非常に優秀な生徒たちが数多く入ってきます。名門大学に進学する生徒も多く、チェスや数学コンテストで入賞するような頭脳明晰な生徒も毎年必ずいます。
野球部にももちろん勉強がよくできる生徒はいますが、成績不良が理由で活動停止を余儀なくされる生徒が、毎年のように出ることもまた事実です。部活動に参加するためには一定以上の成績を維持することが必須とされていて、そのルールに抵触してしまうのです。
しかし、スポーツを指導する立場から見ると、学業成績が優秀であることと、指導しやすいことは必ずしも一致しません。一般的にアメリカ人は日本人より個人主義が強く、集団行動が苦手な傾向があるように思いますが、クロスカントリー走の生徒たちにはその特徴がさらに顕著に現れるようです。
練習の開始時間を守れない、集団でウォームアップをすることを嫌がる、これだけ走れと指示をしても従わない。クロスカントリー走部では珍しくありません。自分の好きなことは自分のペースでやりますが、大人からの指示通りに動かねばという意識は薄いようです。
それに、アタマの良さと行動に表れる精神年齢は必ずしも比例しません。とんでもなく幼い生徒もクロスカントリー走部にはよくいます。練習をサボろうとするのも、コーチである私の目から逃れようとすることも、高校生なのですからまあ分かります。ただ、その方法が稚拙なのです。走る前になると必ずトイレに行きたいと言い出す生徒も、コース脇の大きな木に登って隠れていた生徒までいました。もちろん、高校生の話です。小学生の頃の思い出ではありません。
そういう風に扱いにくい生徒は野球部にはあまりいません。彼らは分かっても分からなくても、コーチが話すことには耳を傾けますし、あるいは聞いているふりをします。返事も「イエス、コーチ!」と声を揃えます。良くも悪くも、子どもの頃から指導されることに慣れているようです。指導者から見るとやりやすいわけで、英語ではそうした性質を”coachable”と表現することがあります。
メンタルヘルスの問題に悩むアスリートは個人スポーツに多い
明るくハキハキとしている、就職活動の面接でウケが良い、そんな「体育会系」のイメージに近いタイプの生徒は、個人スポーツよりチームスポーツに多いのではないでしょうか。もちろん、全員がそうだと言うわけではありませんが。
持って生まれた気質の違いと言ってしまえばそれまでなのですが、少し気になる研究結果(*1)もあります。個人スポーツのみを行う子どもや若者は、チームスポーツに所属するグループより不安やうつ病などメンタルヘルスの問題に苦しむ確率が高くなるというのです。
個人スポーツのアスリートは自立心が強く、マイペースで行動することが良い結果をもたらすこともある反面、社交が苦手で、孤独感やプレッシャーを内面に抱え込む傾向もあるようです。長距離走を好むひとりの人間としてもそう感じます。誰もが自分の個性に合ったスポーツを選ぶべきかと思いますが、保護者や指導者には注意が必要なようです。
*1. Associations between organized sport participation and mental health difficulties: Data from over 11,000 US children and adolescents.
Hoffman, D. et. al., 2022
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0268583