クロスカントリー走と駅伝はどこが違うのか?
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリストやCrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持ち、同州の高校でクロスカントリー部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラムがスタート。レースやエンターテイメントなど、アメリカのさまざまなランニング事情をご紹介していきます。今回は、日本では馴染みが少ないものの、アメリカでは人気の高いクロスカントリー走部の活動についてご紹介します。
私はアメリカ・カリフォルニア州のある高校で、クロスカントリー走部のヘッドコーチ(監督)を務めています。クロスカントリー走とは、広義では陸上競技の一分野ですが、陸上トラックではなく、屋外のフィールドで競技が行われます。元々イギリス発祥だということですが、アメリカでも高校や大学で広く部活動に取り入れられている、メジャーなスポーツのひとつです。長距離走の団体競技であるという意味では、日本で人気が高い「駅伝」とよく似ているとも言えるのですが、クロスカントリー走ならではの特長もいくつかあります。
クロスカントリー走とは
クロスカントリー走は、山や草原など自然の地形を利用します。カリフォルニア州は砂漠のような土地が多いので、かなりワイルドなコース設定も可能になります。また、路面もレースによってさまざまです。ゴルフ場のような芝生の上を走ることもありますし、登山路のようなダートであったり、その組み合わせであったりします。競馬場トラックの一部がコースに含まれていたレースまでもありました。舗装された道路を走ることが多い駅伝との違いは、まずそこにあります。
駅伝もそうですが、クロスカントリー走では、レースで走る距離は一律には定められていません。もっとも、カリフォルニア州内の高校競技に限ると、一部の例外を除き、ほとんどのレースは3マイル(4.8km)、あるいは5㎞で行われます。全員が一斉に同じコースを走り、個人ごとの順位が決まった後に、チームごとの順位も決められます。チーム内の上位5人の個人順位(個人総合1位だと1ポイント、10位だと10ポイント)を合計し、ポイント数が最も少ないチームが勝ちというルールです。
仮に、2チーム以上が上位5人までの合計ポイントで同点になった場合は、チーム内6番目のランナーの順位で勝敗を決めます。つまり、チームの成績は通常5人、最大でも7人までの総合力に左右されます。たとえば、Aチームには断トツで全体1位になった超高校級ランナーがいても、残りの4人が11~14位だとしたら、合計ポイントを計算すると1+11+12+13+14=51です。Bチームは粒ぞろいのランナーが揃っていて、個人順位が2、4、6、8、10位だったしたら、こちらの合計ポイントは30。Bチームが大差で勝利する結果になります。
全員参加型の部活動に向いたクロスカントリー走
クロスカントリー走と駅伝で大きく異なるもうひとつのポイントは、参加者の数です。ご存知の通り、駅伝は限られた数のランナーによるリレー形式で行われます。それに対して、クロスカントリー走では参加者全員が同じコースを一斉に走るのです。クロスカントリー走の正式なレースは、1チームの人数を7人までと規定します。しかし、高校部活動のイベントでは大抵は補欠部門のレースも行われ、そこでは参加人数の制限はありません。
ある高校にはクロスカントリー走部員が100人いたとして(珍しいことではありません)、そのうちの7人が正式レースを走り、残り93人も補欠レースを走ります。補欠レースの人数が多くなり過ぎた場合は、部門が複数に分けられます。部門が異なっても、走るコースはまったく同じです。性別や学年による区別もありません。ただ違うタイミングでスタートするだけです。
駅伝では、あるコースを走るランナーはチームに1人だけです。たとえば、箱根駅伝で1区を走るランナーは、それ以外の区を走ることはありません。そもそもチーム代表に選ばれるランナーは一握りのエリートです。クロスカントリー走では、たとえレベルが天と地ほど違っても、チーム全員が同じ日に同じコースを走ります。チーム競技でありながら、市民レースや運動会のような側面がそこにはあります。
競技面に目を向けると、レース結果に反映されるのはチームの上位7人ですので、部員数が多いチームが単純に有利となります。仮に100人の部員がいるチームから選ばれた上位7人と、10人しかいないチームの上位7人では、その差は大きくなります。ですから、どの高校クロスカントリー走部も、なるべく多くの部員を受け入れようとします。入部に際してトライアウトは行いませんし、どれだけ大人数になっても練習には支障がありません。
3マイル(4.8キロ)という距離はまあ誰でも走れます。レギュラーも補欠もなく、入部さえすればレースに出場することができます。チーム内で5位以内でなければ、どれだけ遅くても、チームに迷惑はかかりません。参加するにあたってのハードルが最も低い部活動と言えるでしょう。
「襷を繋げ」のドラマとは無縁のクロスカントリー走
駅伝はドラマチックです。レースの進行中でも順位の変動がはっきり分かりますし、チーム内の誰かが一人でもアクシデントで走れなくなったら、チーム全体が負けてしまいます。だからこそ、ランナーたちは強い責任感を持ってレースに挑みます。怪我をしたランナーが這ってでも襷を次のランナーに渡そうとする、みたいなシーンが起きることもあります。
それに比べると、クロスカントリー走では、一人が棄権してもチームの成績に与える影響は小さいでしょう。そして、走っている最中のランナーには正確なチーム順位は分かりません。従って、一人ひとりのランナーには過大なプレッシャーはかかりません。見る分には駅伝の方がスリリングかもしれません。しかし、選手の安全と健康を考慮するなら、クロスカントリー走には良い側面が多いと思います。
指導する側からすると、怪我や体調不良のランナーに無理をさせなくてよいことはとても助かります。それほど頻繁ではありませんが、レースではアクシデントが起きることもあります。スタート直後に集団で転倒に巻き込まれたことや、熱射病でフラフラになってしまったランナーを見たこともあります。そうでなくても、未熟なランナーほど自分のペースを知らないので、周りの雰囲気に呑まれて限界を超えてしまうことが時々あるのです。
私がコーチをしているのは、なにしろ高校生ですから、時々信じられないようなこともします。本人たちは至って真剣なのですが、どこか抜けています。あるレースで走っている最中に片方のシューズが脱げてしまったランナーがいました。彼はそのシューズを拾い、なぜかそれを手に持ったまま走り続けていました。つまり、片足はシューズを履いて、もう一方は靴下なのです。
「おいおい、片足だけ靴下で走り続けるより、ちょっとだけ立ち止まって、シューズを履き直した方がずっと速いぞ」とアドバイスする私も、アドバイスされたランナーも、後々まで笑い話にできる。そんなユルさが私は気に入っています。