ボストンマラソン 2019 参戦記。ウルトラブースト19で完走
ランナーにとっての憧れのレースがいくつか存在する。身近なところでは東京マラソンや大阪マラソン、名古屋ウイメンズマラソンといった国内のメジャーな大会、そしてホノルルマラソンやニューヨークシティマラソンといった著名な海外マラソンを挙げるランナーも少なくないだろう。その中にあって「あの大会は本当に格別でした!」「いままで参加したマラソンで一番思い出に残りました!」と、実際に走ったランナーの多くが絶賛するのがボストンマラソンである。そんな世界中のランナー憧れの大会に、これまでに海外レースを41回走ってきたランナーズパルスの南井正弘編集長が初参加。アディダスの新しいウルトラブースト19を履いて完走した、ボストンマラソンの魅力をレポートする。
1897年に始まったボストンマラソンは
オリンピックの次に長い歴史を誇る!
ボストンマラソンは1897年に第一回が行われた、オリンピックを除くと最も古い歴史を誇るマラソンレースで、ボストン体育協会(Boston Athletic Association略称B.A.A.)によって主催されている。現在は、東京マラソン、ニューヨークシティマラソン、ロンドンマラソン、シカゴマラソン、ベルリンマラソンと共にWMM(World Marathon Majors・ワールドマラソンメジャース)に名を連ねる。毎年4月第3月曜日のPatriot’s day(愛国者の日)に開催され、2019年4月の今回、第123回を迎え、長い歴史のなかには数々のトピックスが散りばめられてきた。ボストンマラソンは世界のメジャーマラソンで初めて女性の参加を公式に認めた大会であり、それは1972年のこと。これ以前も女性のマラソン参加は議論され、1966年以降、ボストンマラソンを舞台に、非公式ながら女性の完走者は存在していた。また日本人ランナーが、これまで8名(すべて男子選手)、9回優勝(瀬古利彦氏が1981年と1987年の2回)していることもあって、日本における知名度も高い。現在はジョン・ハンコック(保険・金融サービス)がタイトルスポンサーであり、ジョン・ハンコック ボストンマラソンが正式名称となっている。
「選ばれしランナーのための大会」
それがボストンマラソンだ!
ボストンマラソンがランナーにとって憧れ、かつ特別な存在であるのは、出走のために基準タイムのクリアが必要であるというのもひとつの理由。Boston Qualify、通称BQと呼ばれる年齢別に設定された基準タイムは、この大会を目指すランナーの目標となっており、2020年大会のためのBQは下記の通り。これまでよりもさらに速いタイムが必要となった。
今回筆者は、ボストンマラソンを主催するB.A.A.の協力の元、メディアとして走ることができたが、毎年20%ほどのランナーは、チャリティ枠、海外からのオフィシャルツアー枠、スポンサー枠etc.で参加しており、これらのランナーはBQをクリアしていなくてもオープンエントリーというかたちで出走が可能。ちなみにチャリティ枠での出走は、東京マラソンの10万円と比較するとかなり高額で、チャリティ団体にもよるが、1万ドルクラスも珍しくなく、ニューヨークシティマラソンのチャリティ枠の平均金額よりも高額だと言われている。
コースレイアウトの関係により
世界最高タイムが公認されない!?
小学校3年生の頃のこと。担任の教師が「ボストンマラソンの後半には心臓破りの丘があって、そこでランナーは苦しまされるんだ」と体育か道徳の時間でボストンマラソンについて言及していたのを今でも覚えている。ランナーならこの心臓破りの丘のことを知っている人のほうが圧倒的に多いだろう。ボストンマラソンは、ベルリンマラソンやシカゴマラソンのようにスタートとゴール地点がほぼ同じというタイプのコースではなく、マサチューセッツ州の8つの市や町を通り抜けるかたちで、スタート地点とゴール地点をほぼ一直線で結ぶ。下り基調でスタートするが、その後は幾度もアップダウンが訪れ、特に26km以降、35kmくらいまでの上り下りはランナーを苦しめる。とりわけ30km過ぎの「心臓破りの丘(英語でHeartbreak Hill)」と呼ばれる上り坂(4つあるニュートンヒルズの最後の坂)は、単独の高度上昇は他のWMMと比較しても特に大きくはないものの、ランナーの疲労が蓄積されているレース後半に現われるだけに、身体への負担が大きいのは想像に難くない。そしてボストンマラソンは、IAAF(国際陸上競技連盟)が、マラソン記録の公認のために設定したコース条件(ゴール地点の標高がスタート地点の標高より42.195m以上低くなってはならない、スタートからゴールまでの直線距離は21.0975km以下でなければならないetc.)を満たしていないため、ここで世界最高タイムが記録された場合も、世界最高記録とは認定されない。そのために2011年にジェフリー・ムタイ(ケニア)が記録した2時間3分02秒というタイムも公認されず、実質的な世界最高記録とされるに留まった。
強固なパートナーシップで結ばれた
アディダスとボストンマラソン。
ゼッケンをピックアップするために、エクスポの行われるジョン B ハインズ コンベンションセンターへと向かう。ゼッケンはベルリンマラソンで採用されていた、どの場所に並んでもいいようにランナーが来場してから印刷する方式ではなく、従来通りに、あらかじめ印刷されたゼッケンを番号順に並んだカウンターで受け取った。ゼッケンの次は参加賞Tシャツを受け取るが、半袖ではなくロングスリーブ。ニューヨークシティマラソンもそうだったが、その他のWMMは東京、シカゴは半袖で、ベルリンに関しては無償のTシャツは無し。欲しい人だけが購入するパターンだった。次に物販エリアに向かうと、最初に現われるのが、アディダスの売り場。ここでは同大会の名物となっている、毎年デザインとカラーリングが変更されるセレブレーションジャケットを始めとしたオフィシャルグッズやアディダスのシューズ、アパレル、キャップなどのアクセサリー類が販売されていた。2019年開催の第123回で、アディダスがボストンマラソンのフットウェア&アパレルの公式サプライヤーを務めるのは31回目。アディダスは、9000人を超えるB.A.A.ボランティア、3500人を超えるレースオフィシャルと医療関係者にジャケットを、ランナーには参加Tシャツを提供している。1992年、ボストンマラソンを主催するB.A.A.ともアディダスはパートナーシップ契約を締結し、1999年から両者はジョイントベンチャーで、ボストンエリアの公立学校の青少年の体力、および健康増進を目的とした、長期かつ通年プログラムにも取り組み、以来30000人以上の生徒がB.A.A.の主催するB.A.A. 5K、B.A.A.リレーチャレンジ、B.A.A.インビテーショナルマイルといったイベントに参加している。このようにアディダスとボストンマラソンを主催するBAAの関係は強固であり、今後も様々なプログラムがボストンエリアの青少年のために用意されているという。
前々日開催のBAA 5Kは
絶対に出走したほうがいい!
B.A.A.は、ボストンマラソンの前々日にB.A.A.5Kという、文字通りの5kmレースを開催。これはB.A.A .ディスタンス メドレーと呼ばれる年間シリーズのひとつであり、その他に6月末開催のB.A.A.10K、コロンバスデイ(10月第2月曜日)前の週末に行われるB.A.A.ハーフマラソンが存在する。これまでWMMのプレレースはベルリンマラソン前日のモーニングラン、ニューヨークシティマラソン前日のアボット ダッシュ トゥ ザ フィニッシュライン5Kに参加したが、B.A.A.5Kは、しっかりとタイムを計測する点、街のど真ん中を走れる点、参加Tシャツが用意される点で、後者に似る。ボストン市民のオアシスであるボストンコモンがスタート&フィニッシュであり、想定ペースごとにランナーは整列。
この日はあいにくの雨のなか、8時にスタートすると、ランナーは各々のペースでボストンの市街地を走っていたが、速めのペースで走っているランナーの比率が、ニューヨークやベルリンのプレレースよりも明らかに多い。筆者は当初Km/5分の25分で走ろうと思っていたが、途中写真を撮ったり、「せっかく目抜き通りのボイルストンストリートを走れるのだから…」と思い、あえてペースを落としたので、26分51秒でゴール。5kmの大会なのに完走メダルと参加Tシャツも用意されているのは嬉しい。定員に限りはあるが、ボストンマラソンに出走するなら、B.A.A.5Kにもエントリーしたほうがいい。
クラシックなスクールバスに乗って
ホプキントンのスタートエリアへ!
レース前日は、ボストンのランナーの聖地的な存在であるチャールズリバー沿いを調整ランし、昼食、夕食共にスライスピザの有名店「アーネストピザ」でカーボローディング。TVもアキュウェザーのような気象アプリもボストンマラソン当日の天気予報は悪天候を伝えるが、こればかりは天に任せるしかない。そしてレース当日の朝を迎えた。専用のツアーバスなどが用意されたランナーや、自家用車でスタートエリアに向かうランナー以外は、ボストンコモンと植物園の間のチャールズ通りで待つクラシックなスクールバスでホプキントンの街を目指す。ホテルを出発するまでは大雨で、部屋のテレビで、強風によりゴールエリアの展示物が飛ばされたり、スタートエリアが土砂降りなのを見ていると「まさか中止にはならないよね…」と不安になったが、意を決してホテルを後にした。途中フィリピン系アメリカ人で、カリフォルニアから来たという60歳くらいの男性参加者と出会い、歩きながらボストンマラソンについて話しをした。それによると彼はチャリティ枠での参加なので、筆者と同じくBQはクリアしていないとのこと。「いくらかかったんですか?1万ドルくらい?」と聞くと、「もう少し高いよ」とのこと。「お金持ちですね!?」と言うと、「そんなことないよ。でもボストンマラソンだけはどうしても走りたかったから!」と笑っていた。トレモントストリート辺りで彼と別れて、知り合いのランナーと合流してバス乗り場へ。映画で見るようなボンネットのあるイエローのスクールバスが何台も並ぶ様は壮観。長蛇の列が出来ていたが、思ったよりも早くバスに乗り込むことができ、この頃には雨は小降りになっていた。ボストン市街地を抜けると、フリーウェイに乗って、ひたすらホプキントンの街を目指す。高速道路の景色の雰囲気は、アメリカも日本もイタリアもほぼ同じなので、「用賀から乗ったとしたら、今走っているのは海老名あたりかな…」と心の中で呟く。その瞬間、「やっぱり結構長い距離を走るんだなぁ…」という気持ちになった。しばらくするとインターを降りて住宅街へ。ゼッケンを付けたランナーが歩道を歩いているので、ここからは近いはずだ。そしてバスが駐車場に到着。少し歩くとランナーの待機場所だが、早朝の強い雨のせいで土の部分は日本の田んぼのような状態。トイレに行くにも一苦労だった。筆者たちはコラル4という最終スタートだったので、トイレから戻り、しばらくすると「早くスタートラインのほうに向かうように!」と、急かされる。ニューヨークシティマラソンのように、スタートエリアで2時間とか待たせるのも好まれないが、今回のように到着して30分前後でスタートに向かうというのも、心の準備が出来ていないから、これはこれで改善してほしい。今年は大雨という特殊事情があったからかもしれないが…。
「えっ、もうスタートなの!?」
といった感じでスタートラインをまたぐ。
ニューヨークシティマラソンは、フランク・シナトラの「ニューヨーク ニューヨーク」が大音量で流れるなか、ランナーはスタートする。一方でベルリンマラソンは、サッカーのアイスランド代表サポーターで話題になったバイキングクラップを、MCの合図でランナーが行い、テンションがマックスになったところでスタートする。これらはエリートランナーのスタート時だけでなく、スタートの遅いコラルのランナーの際にも繰り返し行われる。このようにWMMの各大会はスタート時に様々な趣向を凝らしているが、ボストンマラソンはかなりあっさりしていた。スタート位置に並んで、しばらくするとランナーが動きだし、「あれ、スタートの表示が近づいてきた!」と思ったら、そのままラインをまたいでスタート。ちょっと期待外れだったが、参加するランナーの8割ほどがBQという基準タイムをクリアしているように、楽しむというよりも42.195kmをシリアスに走ろうという気持ちで、この大会に臨むランナーが多いから、スタートをショーアップする必要はないかもしれない。ちなみにエリートランナーのスタート時には国歌斉唱のタイミングで戦闘機が飛んだらしいが…。そんなこんなで走り始めると、下りの部分は抑えようとしてもペースは上がりがち。スタートした頃には雨は止んでいたので、快調にラップを刻む。ちなみにボストンマラソンは10kmまではマイル表示だけでなく、1km毎の表示もあるが、それ以降は15km、20kmというように5km毎の表示のみになる。そして各市町をまたぐ際にはその市町名が表示される。ちなみにボストンコース上の8つの市町はホプキントン、アッシュランド、フレーミンガム、ネイティック、ウェルズレイ、ニュートン、ブルックライン、そしてボストンだ。しばらく下りを楽しむと上り坂が現われるが、序盤は脚力が残っていたのと斜度がそれほどでもなかったので、ペースが極端に落ちることもなかった。今回自分を苦しめたのは、20℃を軽く超えた気温と高い湿度であった。この二つにやられて15km辺りよりサブ4ペースから遅れ始めた。日本とは違う日差しの強さに苦しめられ、さらにペースが落ちていきそうになったが、それを救ってくれたのが、20km地点前後のウェルズレイ女子大の女子学生による熱烈な声援。ときにはキスやハグも伴う応援は、ボストンマラソンの名物のひとつに挙げられており、これを楽しみにしている常連ランナー(男性だけでなく女性ランナーも!)は少なくないという。ここで元気をもらい、ウェルズレイの街にある中間点を通過。暑さで落ちたペースをなんとか回復することができた。
ウェルズレイ女子大の女子学生による熱烈な声援。
ランナーを勇気づけてくれる
熱狂的な応援はゴールまで続く!
その後もアップダウンは続くが、記録のことは忘れて、とことん楽しんでゴールすることに切り替えると、上り坂もさほど辛くない。いくつかの坂を上り下りしていると、ブルーのボードを持った男性が。そこには「HEART BREAK IS BEHIND YOU NOW(心臓破りの丘はもう過ぎたよ)」と書いてあった。確かにこの坂では歩いているランナーは多かったが、正直自分はそこまでキツイ坂だとは思わなかったので、少し意外な気がした。最も難所と言われるパートを過ぎたことで、精神的に楽になったが、しばらくすると雨が降り出した。途中かなり強くなったので、今年の東京マラソンを思い出し、ちょっぴりネガティブな気持ちになったが、それを沿道の応援が吹き飛ばしてくれた。特にボストンカレッジの学生と思しき男の子たちの応援は素晴らしかった。フェンスから上半身を乗り出し、ハイタッチを求め、大きな声でランナーを勇気づける。そんな応援が数百メートルは続いただろうか。「なんで見ず知らずのアジア人のために、そんな一生懸命に声を張り上げてくれるんだろう…」そんなことを考えていると、嬉し涙がこぼれてきた。ふとランニングウォッチに目をやると、Km/5分15秒までペースが上がっている。応援のパワーというのは本当に素晴らしい。その応援スタイルはニューヨークシティマラソンのそれとも異なる。とても情熱的で、ランナーに対する想いをより一層感じられるのだ。
しばらくするとアディダスのロゴとともにBOSTONの文字が。遂にボストンの街まで帰ってきた。そう思うとホッとするのと同時に何か寂しくなった。ニューヨークシティマラソンもそうだが、ゴールしたくないと思うレースはいくつか存在する。ボストンマラソンもそのひとつだ。CITGOのサインなど見覚えのあるサインを通過して、ボイルストンストリートに入るために左折。遠くにゴールのアーチが見え、両サイドにはもの凄い数の応援。その瞬間鳥肌が立ち「感動という言葉はこのためにあるのでは!?」という思いでゴールまでの数百メートルを自分がヒーローになったような気持ちで走る。初めはこの光景を写真か動画に収めようと思ったが、最終的にはiPhoneではなく自分自身の記憶に収めることにして、全身で沿道の応援を浴びるようにしてゴール。タイムは4時間42分58秒(公式記録)だった。「条件によってはサブ4で走れるかも!?」と思っていただけに、タイムは決して納得できるものではないが、なぜか満足な気持ちでいっぱいだった。それはスタートからゴールまで思う存分ボストンマラソンを堪能することができたからだ。自分の後にゴールするランナーをしばらく眺めていたが、みんな一様に嬉しそうな表情。悲壮感はない。ボストンマラソンという世界中のランナー憧れの大会を無事に完走できたことは、何よりも幸せなのだろう。ゴールしてメダルや水などを受け取り、ゴールエリアを退場するまでの導線もコンパクトでわかりやすいのもランナーフレンドリーで、ボランティアスタッフもベテランが多いからか、誘導も手慣れたものだった。このあたりにも123回開催という伝統を感じられた。
オフィシャルバスの乗車場、スタートエリア、コース上、ゴールエリア、すべてのボランティアスタッフのレベルが高いのもボストンマラソンの大きな特徴。
ウルトラブースト19は
このコースにピッタリ!
今回筆者が履いたシューズは、アディダスのウルトラブースト19。今春より本格展開がスタートしたウルトラブーストの最新バージョンだ。ウルトラブーストは、そのスタイリッシュなデザイン、マテリアルミックスからカジュアルシーンでの活躍も目立つが、実は高いパフォーマンス性能を有している。それが証拠に、今回ボストンマラソンを一緒に走った浅原氏は、先代のウルトラブーストを履いて、昨年の東京マラソンでサブ3.5(フルマラソンで3時間30分を切ること)を達成しているのだ。実際にこのシューズでボストンマラソンを走ってみて思ったのは、筆者のようなサブ4レベルのランナーが同大会で履くのにもピッタリだということ。初代モデルと比較して20%増量されたことで、衝撃吸収性能と反発性能がアップしたオプティマイズド BOOST™ フォーム、そして新たな形状となったトルションスプリングは、軽快に走ることができた下りで高い衝撃吸収性を。心が折れそうになった上りでは、その比類なき反発性により、歩くことなく走り切ることを可能にしてくれた。そして、ウルトラブースト19がボストンマラソンに向いていると思った最大の理由が、プライムニット360による360度足を包み込むようなアッパーの構造だ。上方だけでなく、下方からも持ち上げるような感じでフィットしてくれるアッパーの設計と新たなデザインのヒールカウンター、3Dヒールフレームの組み合わせは、下りを速めのペースで走っても、シューズ内部で足が前方にズレることなく、正しい位置に足を固定。その結果脚力を路面に効率よく伝えてくれ、さらに爪のトラブルも防いでくれた。フルマラソン完走後は、歩くのも億劫になり、「しばらく座っていたい…」と思うこともあるが、今回はウルトラブースト19のおかげで、休むことなく地下鉄の駅へ。ゴールしてから数十分で滞在しているダウンタウンのホテルに戻ることができた。
このように高い走行性能を誇るウルトラブースト19だが、前作同様にスタイリッシュなデザイン性を兼ね備えているのも注目すべきポイント。このシューズを履いてボストンの街を繰り出すと、「そのシューズ、カッコいいね!」と、ブティックやセレクトショップなどで何度も声をかけられた。ウルトラブースト19は、4000人のランナーとアディダスの最先端技術が高次元で融合することで機能性が大幅にアップしているが、ランからストリートまでシームレスに対応してくれる点は、前作からしっかりと継承されているようだ。
「いつの日か必ず戻ってきたい!」
その想いを強く心に刻んだ。
今回ボストンマラソンに参加してみて感じたのは、これまで走ったニューヨーク、シカゴ、ベルリン、東京とは、明らかに違った雰囲気であったということ。それは出走者の80%ほどがBQをクリアしたランナーであり、明らかに他のWMMの大会よりも平均レベルが高いからだろう。彼らを見ていると、自分もいつかここにBQをクリアして戻ってきたいと強く思った。前述の通りBQは50-54歳で3時間25分、55‐59歳で3時間35分、60-64歳で3時間50分、65-69歳で4時間5分と、クリアするのは容易ではないタイムが並ぶ。自分はタイム至上主義ではなく、コンディショニングの一環、ライフスタイルとしてのランニングというスタンスで、2007年の11月から、5~6kmと長くない距離をほぼ毎日走ってきた。それは自分にとって走ることが生活の一部であり、疲労を残さないためにも、ケガのリスクを回避するためにも、高い負荷のトレーニングはあえて避けてきた。それと同じくトレイルを走るのが、1ヶ月半~2ヶ月に1回程度と少ないのも、山のほうがケガの発生率が高いからだ。走ることに対するこのスタンスはこれからも変えずに、BQをクリアできればと思っている。それは何歳になるかわからないが、ウルトラブースト19のように、脚部への負担の少ないシューズを着用し、ケガなく走り続けていれば、いつかは叶うと信じている。それが、BQが4時間50分に設定されている80歳以上とかなら、なにより幸せなことだろう。なぜなら、その年齢まで走り続けていられたということだから。次回のボストンマラソンの参加は遅ければ遅いほどいい。
INFORMATION
アディダスグループお客様窓口
TEL:0570-033-033(営業時間:月~金9:30~18:00)
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