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COLUMN

コーチの重要性

2018.04.04
Takao Fujita
Shun Sato

ピート・ジュリアン・コーチと二人三脚で強化を進め結果を残している大迫傑

 ちょっと前のことですが、平昌冬季オリンピック、パラリンピックは日本人選手のメダル獲得で大いに盛り上がりました。とりわけ男子フィギュア、羽生結弦選手の2大会連続金メダル獲得は、その偉業もさることながら怪我からの復活というプロセスもドラマティックで、日本のみならず世界中の人の心を感動で震わせました。

 羽生選手にはプログラムなど全体を統括するブライアン・オーサーとジャンプ担当のギスラン・ブリアンの二人のコーチがいます。その二人がタッグを組んで羽生選手の完成度を高めていったわけですが、採点後のギスラン・コーチとのやり取りを見ていると選手とコーチの深い信頼関係が見て取れました。世界で勝つためには、そうしたコーチの存在が欠かせません。

 陸上の長距離界では福岡国際マラソンで3位(2時間7分19秒)に入った大迫傑選手は、2015年からナイキ・オレゴン・プロジェクトでピート・ジュリアン・コーチと二人三脚で強化を進めてきました。今では大迫選手が「これほど信頼できるコーチは日本では巡り会えなかった」とコーチに全幅の信頼を寄せていますし、結果も出しています。

 短距離界では桐生祥秀に土江裕寛コーチが常に寄り添い、9秒98という100m日本記録を叩き出しました。山縣亮太選手には古賀友矩コーチ、ケンブリッジ飛鳥選手には大前祐介コーチがついて指導しています。

 しかし、大迫選手以外で長距離界を見渡してみると多くの選手が実業団チームに所属しており、プロ選手がほとんどいないせいでしょうか、専属コーチと二人三脚でというスタイルはほとんど見られません。チームによってはそれを良しとしないチームもあるでしょうし、金銭的に余裕がないと専属コーチは難しいでしょう。そもそも自分に合うコーチを見つけること自体が難しいという現実があります。

 チームでの練習がフィットする選手は順調に結果を出すことができますが、監督やコーチが考えたメニューをこなしても伸び悩んだり、怪我で苦しんだりする選手も少なくありません。監督やコーチも大勢いる部員に対して、きめ細かい指導がなかなかできず、どうしても日々の練習や結果を追いかけてしまいがちです。

 チームのスタイルが合わない選手は自由に環境を変えることができればいいのですが現状では実業団から実業団に移籍するのは円満移籍でない限り難しく、どちらかというと暗黙のルールでご法度みたいなところがあるので難しい。そうなるとせっかく将来性も能力もある選手が力を発揮できず、へたすれば飼い殺しになってしまうわけです。それはチームにとっても選手にとっても不幸です。

 チームの移籍を自由にしたところで選手が活躍できるかどうかはわかりません。しかし、選手の質を上げられる手段がひとつあります。海外から優れたコーチを招聘する、あるいは各チーム内でコーチを海外に派遣するなどしてコーチの質を高くすることです。

 最近、実業団のチームが学生を勧誘する時、チームとしての実績に加え仕事面での待遇や寮施設やグラウンドなど環境面の良さをセールスポイントにしているところが多いといいます。しかし、今後は練習環境をより重視し、世界レベルを知る優秀なコーチをどれだけ揃えているかがセールスポイントになってくるべきだと思います。いくら素材がよくて料理する側の質に問題があると、おいしく仕上げることは難しいですから。

 サッカーはJリーグが誕生し、プロになって25年が経過しました。今や日本代表はW杯の常連国となり、多くの選手が海外でプレーするようになりました。日本の選手のレベル向上に大きく寄与したのはコーチでした。世界レベルに追いつこうと各クラブなどが指導者や元Jリーガーたちを海外で勉強させたり、サッカー協会が指導者を各国の協会、海外クラブに派遣したりしました。選手に教える前にまず教える側を整備していったのです。そうして経験を積んだ人たちが高校や大学、各クラブのコーチに就任したり、あるいは指導者講習会などで全国を回り、コーチのレベルアップに努めました。その地道な積み重ねが選手の質を上げていったのです。もちろんサッカーだけではなく、水泳、柔道など他スポーツも選手だけではなく、コーチが世界に出て行き、世界で勝つために最先端のノウハウを学んでいます。

 日本男子マラソン界は森下広一さんが1992年のバルセロナ五輪で銀メダルを獲得して以来、26年間停滞したままです。女子は2000年シドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子さん、2004年アテネ五輪で金を獲得した野口みずきさん以来、14年間、世界で戦える選手が出ていません。それは日本の強化指導が旧態依然としたままで、世界の流れから遅れている結果とも言えます。選手の努力だけではなく、コーチがレベルアップしないと選手の力を100%引き出すことができず、世界と戦うことは難しいでしょう。今後はもしかすると大迫選手のようなプロ選手しか、世界で戦えることができなくなり、実業団の存在意義を問われることになりかねません。

 日本実業団競技連合は東京マラソンで日本記録を更新した設楽悠汰選手に1億円を贈呈しました。これは現役選手には大きなモチベーションになりますが、連合の目的には「指導者の養成」という行があります。選手に1億円出す余裕があるならコーチ養成に投資する道がもっとあってもいいと思います。

 一流の選手を育てるためには、まずコーチを一流に。

 これは長距離ではなく短距離のスピードで取り組む課題だと思います。

 

Shun Sato
佐藤 俊
北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て93年にフリーランスに転向。現在はサッカーを中心に陸上(駅伝)、卓球など様々なスポーツや伝統芸能など幅広い分野を取材し、雑誌、WEB、新聞などに寄稿している。著者に「宮本恒靖 学ぶ人」(文藝春秋)、「駅伝王者青学 光と影」(主婦と生活社)など多数。
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