「甲斐国ロングトレイル PASaPASA」救護スタッフが見た舞台裏。

山梨県出身のフォトグラファーで、山岳撮影の国内第一人者であった亡き平賀淳さんの構想をもとに、同郷のプロ山岳アスリート山本健一氏を中心として誕生した、山梨県の外周をめぐる約280kmの「甲斐国ロングトレイル PASaPASA」。主役はもちろんランナーたちだが、その裏側には、イベントを支える多くのサポートメンバーがいる。今回は、そのなかの一人で、救護スタッフとして5日間にわたって走り続ける人たちを支えたAkiさんに、その舞台裏を少しだけ綴ってもらった。そこには、「極限の中で静かに均衡を保とうとする人間の身体、そして支え合う力があった」。



設営と撤収を繰り返し、毎日キャンプ地を移動するサポートチーム。その中で最大限できること。
11月5日深夜、山梨県の外周をめぐる約280kmのロングトレイル「PASaPASA」が始まった。常識の向こう側を走り抜く人たちが、ヘッドライトを灯しながら山に入っていく。
今回私は、救護スタッフとして参加した。救護は、定点で待機するのではなく、キャンプ地を移動しながらの体制。テントやストーブ、コットなど、必要となるすべての道具を設営し、撤収し、また次の地へ。その繰り返しが5日間続いた。救護といっても、できることは限られている。医療行為は行わず、早めの気づきや助言、そして必要に応じて休息の判断を伝える。判断の際は、いつもリスクとベネフィットを秤にかける。走り続けることで起こり得る悪化のリスクと、完走を目指す本人の意思。その両方を丁寧に見極めること—それが救護に携わる者の姿勢だと思っている。ほとんどのランナーは、自分の身体と長く付き合ってきた人たちだ。猛者と言ってもいい。「大丈夫ですか」と声をかけても、「大丈夫です」と笑う。その笑顔の奥に潜む小さなサインに気づけることが、誰かの一歩を支えることにつながる。それが私の中の救護の原点だ。


毎日約30人分を設営し、撤収し、移動する。テントはもちろん、テーブル、椅子、コット、ストーブなど用意する資材は多い。
日が昇ると気温が上がり、午後には風が冷たくなった。テントの中で補給や資材を確認しながら、ときどき稜線を見上げる。誰かがどこかで踏ん張っている気配が、風に混じって伝わってくる。
1日目の夜、頭痛や下痢を訴えるランナーがいた。服薬を勧めることはできないため、呼吸法や保温、栄養補給の助言を行い経過を観察した。症状は徐々に改善し、その人は最終日にはとびきりの笑顔でゴールを迎えた。5日間走り続けるのではなく、休息が必要だと感じたランナーには、温かい寝床を提供し、ときには裏方の手伝いをしてもらい、笑うという“治療”を行った。無理に走らせるよりも、立ち止まる勇気を尊重すること。それもまた、救護の一部だと思っている。
4日目、喉の痛みを訴えるランナーがいた。咽頭の赤み、顎下の硬結。扁桃炎の進行を疑い、翌日の参加を見送って受診を勧めた。少し迷ったあと、彼女はうなずいた。結果はやはり扁桃炎。早めの判断で重症化を防ぐことができた。常人には考えられない気力と体力で、その後、彼女は最高の笑顔でゴールした。また、右股関節の痛みで動きが制限され、両脚の強い張りを訴えるランナーもいた。長時間にわたる衝撃で、身体の水分や血の巡りが少しずつ乱れ、脚がむくみ、重くなる。筋肉が壊れているわけではなく、身体が必死にバランスを取ろうとしているように見えた。過干渉にならないよう注意深く見守りながら、サポートスタッフと情報を共有し連携を図った。極限に立つ身体は、壊れる寸前でなお、均衡を保とうとする。その姿を前にすると、人間の意志の強さと脆さが、同時に見えてくる。


1日のセッションの道中にもエイドを設置。ランナーたちをサポートする。

ヤマケンさんのサポートと言えばこの人、道生さん。ボランティアメンバーのまとめ役(左写真)。そして、バリスタのごとくキャンプ地でコーヒーを振る舞うニューハレ芥田さん。

今回シェフとして参戦してくれた白馬・三八商店の松井夫妻や、TJAR完走者で、地元石材店の井出さんも参加者をサポート。他にも、数多くの協力者がイベントの裏側をサポートした。

イエティジェラートとイエス!ベーグルのダブル山﨑さん提供の食事は、キャンプとは思えないほどバリエーション豊か。しかもおいしい!
夕方になると光の角度が変わる。15時間ぶりにランナーが戻ってくる。汗と泥にまみれた—そんな言葉はこの人たちには似合わない。どの顔も不思議なほど整っていて、静かで、綺麗だった。疲れを隠しているのではなく、受け入れている顔。常識の外を走る人たちの強さは、荒々しさではなく、静けさの中にあった。
その姿が見えた瞬間、テント中が歓声に包まれた。スタッフもサポートも関係なく、全員が拍手を送っていた。誰かが帰ってくるたびに、そこにいた全員がハイタッチで出迎えていた。最後のランナーが帰ってくるのを見届け、温かい食事を提供して、静かになったテントの中で片づけを始める。誰も大きなケガをせずに一日を終えられた。それだけで十分だと思えた。

このイベントは、走る人だけで成り立っているわけではない。資材を運び、テントを設営し、撤収までを担うスタッフ。総勢30人が野営できる環境を整え、4日間、毎日シェフが一食一食、手作りで温かい食事を提供してくれる。その姿を見ていると、走ること以上に“支えることの強さ”を感じる。派手さはないけれど、こうした裏方の努力が「PASaPASA」を動かしている。私自身も、リスクとベネフィットの狭間で迷いながら、その一員として過ごせた時間を誇りに思う。PASaPASAの山で、人が人を支えるということの本当の意味を感じた。

甲斐国ロングトレイル PASaPASAの詳細を知りたい方はこちらから。
https://pasapasa.net/