「長距離走は体重が軽い方が有利」の落とし穴。
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、誰もが気になるであろう長距離走と体重の関係について。最近アメリカで発表された論文や、コーチとしてこれまで出会ってきた子どもたちを通しての経験を踏まえて考察してみます。
オリンピックのマラソンを見ても、箱根駅伝を見ても、長距離ランナーたちは例外なく痩せています。最高峰のレベルで戦うアスリートが競技上不利になることを選ぶわけはないので、長距離走は体重が軽い方が有利なスポーツであることに疑いを挟む余地はありません。
元々痩せている人が長距離走に向いているのか、あるいは長距離走に取り組むことで痩せるのか、たぶんそのどちらの面もあるのでしょう。優れたスポーツ選手のどこまでが素質によるものか、どこからが努力によるものか、はっきりと数字に分けて考えることは困難です。
それでは、特別な資質に恵まれているわけではない一般ランナーは、自分の体重にどう向き合うべきなのでしょうか。それが今回のテーマです。
体重を減らすとタイムは縮まるか。
「体重を1kg減らすと、フルマラソンのタイムは3分速くなる」という意味のフレーズをよく見聞きします。脚力や心肺能力など、体重以外の(そして重要な)要素を除外して考えるなら、つまり走るという動作を純粋に物理的な側面から捉えるのであれば、そういう計算もあるいは成り立つのかもしれません。
下のウェブサイト『SportTracks』では、現在の体重と持ちタイムを条件に入力すると、体重が増減した場合の予想タイムを1kg刻みで見ることができます。
https://sporttracks.mobi/labs/weight-loss-speed-impact
仮に体重70kgでフルマラソンの持ちタイムが4時間ちょうどのランナーがいたとすると、体重を1kg減らした際の予想タイムは3時間57分16秒とのこと。逆に体重を1kg増やした際の予想タイムは4時間2分44秒。まさに1kg=3分間説とほぼ合致する計算結果が表示されています。
もちろん、元々の体重やランニングのレベルによって変化幅は異なるはずですが、体重の増減がレースのタイムに影響すること自体は無理のない考えだと言えるでしょう。
レース直前の減量は行うべきか。
いきなり個人的なレベルに話を落としますと、私の体重は60kg前後です。数か月単位でよく走り込んだときは57~58kgくらいに減りますし、そうでないときは62~63kgくらいまで増えることもあります。
これまでに数えきれないほどの長短さまざまなレースを走ってきましたが、自分なりに満足できるタイムで走れたときは、いつでも体重計の目盛りは60kgを下回っていました。逆も然りです。例外は多分ありません。
好ましい結果を得られたとき、それが体重減のおかげなのか、それとも走り込みのおかげなのか、自分でも判断することはできません。ただ自分なりの調子を計る目安にはなるかなと思っています。
自然に体重が落ちてくるのを待つのではなく、レース直前の短期間で意図的に減量を行っても、それなりの効果は期待できるのかもしれません。しかし、それには少なからず危険も伴います。
急激な減量によって、貧血や脱水症などのさまざまな健康リスクが生じることは周知の事実です。さらには、短期間のうちに体重を大きく減らすことは、耐久系アスリートたちの競技パフォーマンスさえもかえって悪化させてしまうと最近の研究(*1)が警鐘を鳴らしています。
*1. Low energy availability increases immune cell formation of reactive oxygen species and impairs exercise performance in female endurance athletes
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2213231724002283
14日間という期間中の摂取エネルギーを必要量の約50%に抑えて、体重をおよそ4%減らした耐久系アスリートたちの20分間タイムトライアルは、7.7%も悪化したのだそうです。腹が減っては、戦はできないらしいのです。
ゆっくりあせらずに体重を落とすメリット。
指導者としての立場からも、ランニングと体重の関連については色々と考えてきました。「高校生の5km走タイムを3か月で20%短縮させるプロジェクト」シリーズでは成功例ばかりを紹介しましたが、実はどうやっても5kmを走り切れるようにならなかった生徒が過去に何人かいました。彼らは例外なく太っていました。
彼らも走り続ければ体重は落ちるだろうことは分かっていましたが、3か月はその結果を出すためには短すぎました。そもそも頑張って走るように体ができていないのです。
練習でもレースでも、いつも最後尾で少し走っては歩くことを繰り返す彼らを見るのはコーチとして辛いものがありましたが、きっと本人たちはもっと辛かったでしょう。彼らに走る楽しさを伝えられなかったことには悔いが残ります。
その一方で、年間単位で減量すれば、人並み以上に走れるようになることを証明してくれている生徒もいます。
彼の名前をX君とします。入学当時はいわゆる肥満体型でした。身長は160cmの私と同じくらい、体重はたぶん90kgを超えていたでしょう。そのせいかもしれませんが、子どもの頃からスポーツの経験がほとんどなく、もちろん5kmどころか1kmも走ることはできませんでした。
ただX君は非常に真面目な性格でした。シーズン中はけっして楽しくはなかっただろう練習を休まないだけではなく、オフシーズン期間も週2回は走れよという私のアドバイスを守ってくれていたようです。シーズン開始で久しぶりに会うたびにスリムになっていきましたし、一度に走れる距離も徐々に伸びてきました。
1年目のシーズンは、最後まで40分を切れなかった5km走タイムは、2年目が終わる頃には30分近くまで大幅に短縮し、3年目の今シーズン最終レースは24分を切りました。まだまだ競技者レベルのタイムではありませんが、一般社会では速い方ではないでしょうか。
現在のX君はほぼ標準体型です。痩せてはいませんが、太ってもいません。身長も伸び、私と話すときは見下ろしてきます。顔つきにも精悍さが見えるようになり、自信もついたようだとお母さんが嬉しそうに話してくれました。
年間単位で走り続けることによって自然に体重が落ち、さらに走ることが楽しくなる。生活全般にもプラスに働く。まさに理想的な展開だと思います。来年は最終学年となる4年目のX君がどのようなシーズンを送るか、今から楽しみです。