大火災から1年。復興途上の町、パシフィック・パリセイズで再開したトレイルを走る。

アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、約1年前に同地で起こった大規模山林火災から復興途上にある、パシフィック・パリセイズのトレイルの様子をお届けします。2025年12月、ようやく再開園された州立公園のトレイルを走って思うこととは。
今からちょうど1年前、2025年1月7日にサンタモニカ山脈で発生した大規模な山火事は、カリフォルニア史上稀な大災害でした。乾燥した季節風と高温という悪条件が重なり、火災は急激に拡大しました。完全に鎮火するまでの約1か月の間に、約6,800棟の家屋が全焼し、12人が亡くなったのです。
なかでもロサンゼルス郊外にあるパシフィック・パリセイズは、町そのものが壊滅するという大きな被害を受けました。この町は太平洋を見下ろす丘陵地にあります。有名なサンタモニカに近く、海と山に囲まれた高級住宅地として知られていた町は、皮肉にも「自然と近い」ことによって、大きな代償を払うことになったのです。
火災から1年が経ったいまも、パシフィック・パリセイズでは復興工事が続いています。住宅地で目に入るものは、ひび割れた道路、焼け残った建物、フェンスで囲われた敷地の跡です。華やかだったメインストリートもほとんどの商店は未だに閉店したまま。かつての美しい街並みが戻るには、まだまだ長い時間が必要になるでしょう。

パシフィック・パリセイズ市内の住宅地(2025年12月29日撮影)
再開園したウィル・ロジャース州立歴史公園
そんななか、2025年11月にパシフィック・パリセイズ市内にあるウィル・ロジャース州立歴史公園が再開園しました。火災直後は災害救助や復旧工事の前線基地となり、その後は長期閉鎖されていたこの公園を、約10か月ぶりに人々が訪れることができるようになったのです。
とは言っても、すべてが火災前の姿に戻ったわけではありません。サイレントやトーキー映画時代の有名な俳優ウィル・ロジャース氏(1879-1935)を記念して作られたこの公園は、氏の遺産であった邸宅や牧場が遺族によって寄贈されたものが基になっています。同公園のウェブサイトでかつての写真を見ることができます。
そうした豪華なゲストハウスも馬小屋も、火事は公園内の建物すべてを焼き尽くしました。再建の目途はまだ立っていません。現在も公園内の多くのエリアは復旧作業のために閉鎖されたまま。駐車場近くのピクニック広場と通行可能になった一部のトレイルのみが一般に公開されています。2025年12月29日に、私もそのトレイルを走ってきました。

ウィル・ロジャース州立歴史公園内に焼け残った馬小屋の跡(2025年12月29日撮影)
海岸線を走るパシフィック・コースト・ハイウェイを離れて山へと向かい、更地や工事フェンスが目立つ住宅地、そして“Palisades Strong”と書かれた横断幕や看板の前を通り過ぎ、公園の駐車場に入ると、鮮やかな緑の芝生に覆われたポロ競技場が目に入ります。
そこから約2マイル(約3.2km)の周回コースだとパークレンジャーに教えられたトレイルを走りました。駐車場から海に背を向けて山を登り、インスピレーション・ポイントと呼ばれる見晴らし広場を経て、また駐車場へと山を下ってくるコースです。

ウィル・ロジャース州立歴史公園入口近く。芝生はポロ競技場(2025年12月29日撮影)
走り始めてすぐに目に飛び込んできたのは、真っ黒に焼け焦げた木々です。幹の表面は炭のようになり、枝は途中で折れ、葉はすべて落ちてしまっています。山火事の生々しい痕跡です。
それでも、黒くなった木の根元にも新しい草が顔を出していました。幸いなことに今年の冬は雨が多く、山火事の危険度は下がっています。普段は茶色の荒野も緑に覆われています。このまま自然が静かに回復へ向かっていくことを願わずにはいられません。

黒く焦げた木(2025年12月29日撮影)
インスピレーション・ポイントに出ると、視界が一気に開けます。冬の澄んだ空気の中、サンタモニカ湾の青がくっきりと広がり、その先に太平洋が輝いていました。遠くロサンゼルス・ダウンタウンの高層ビル群の向こうにはうっすらと雪に覆われた山々が見えます。
ロサンゼルス周辺には、こうして海と山の眺望が楽しめるトレイルがいくつかありますが、ここはそのなかでも最上な景色のひとつだと私は思います。きっと火災前と何も変わっていない風景なのでしょう。

インスピレーション・ポイントからの眺め(2025年12月29日撮影)
トレイルランのコースとしては、距離も難易度もごくごく初心者向きです。消防車両や馬が通れるように道幅が広く取られているからです。ダートの路面はよく整備されていますし、さほど険しい坂はありません。見晴らしがよく、常に海が視界に入りますので、道に迷う心配もありません。どれだけ方向音痴の人でも大丈夫でしょう。
その日は平日の午前中にしては賑やかでした。私のようなトレイルランナーが数人、マウンテンバイクに乗った人とも数人すれ違いましたが、それ以外のほとんどは家族連れ(and/or)犬を連れてハイキングを楽しむ人たちでした。

緩やかに登るトレイル(2025年12月29日撮影)
走れることは当たり前ではない
この光景は、日本のランナーたちにとっても他人事ではないはずです。と言うか、自然災害の頻度や深刻度は、カリフォルニアより日本の方がはるかに高いと思います。地震や豪雨がもたらした災害によってトレイルや林道が長期間閉鎖され、「いつものコース」に突然入れなくなった経験をもつ人も多いでしょう。
走れる場所があること、そこへ安全にアクセスできることは、けっして当たり前ではないのですね。自然は私たちに豊かなフィールドを与えてくれる一方で、ときに容赦なくその日常を壊します。
生活インフラや都市機能が完全に復旧するまえに、自然公園に人々を呼び戻すことに対して、賛否両論はありました。今でも反対している人はいると思います。「不要不急」だと言われると、その通りだなとは思います。もっと優先するべきことは他にあるという意見ももっともです。私には再開反対派を完全に否定することはできません。
それでも、再生しつつある自然の中に身を置くこと、美しい景色を共有すること、そうした経験が生み出す、目に見えない価値はきっとあると思っています。

パシフィック・パリセイズとその向こうの太平洋を眺める(2025年12月29日撮影)