短距離を速く走るトレーニングは長距離ランナーにも有効。

アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、短距離走のトレーニングが、長距離走のタイムに好影響を与えるという研究を基に、筆者が身をもって体験し、教え子たちのトレーニングにも導入。果たしてタイムはどのようになったのか。記録更新に伸び悩んでいるランナーの方も必読です。
カリフォルニアでは、高校クロスカントリー走の季節が終わろうとしています。地区予選を勝ち抜いた強豪校は、11月末の州大会までレースが続くのですが、そこに辿り着けない大多数の高校チームにとっては、11月上旬でシーズンが終了するのです。
私は、今年も地区予選最終レースでは自転車に乗ってコース先導役を務めました。これで5年連続になります。私にとっては、一年でもっとも重要な使命を果たす日でもあります。
私のチームは例年通り下位に沈み、自分が指導する生徒たちが競うトップグループを引っ張るという秘かな夢は、またしてもかないませんでした。それでも、学年を追うごとにタイムを着実に短縮してきている生徒が何人かいます。諦めずに来年もこの場所に帰ってこようと思います。
このように、8月からの約3か月間で、いかにして高校生たちの5km走タイムを短縮させるかが毎年のテーマなのですが、今年はひとつ新たな試みを行いました。練習メニューの中で、短距離走やプライオメトリクスの比重を大きくしてみたのです。それらは主に瞬発力を高めるためのトレーニングで、長距離ランナーには関係ないと思われがちなのですが、ここ近年その常識が覆されつつあります。つまり、短距離を速く走るためのトレーニングは、長距離ランナーにも有効らしいのです。
6週間で10km走タイムが約2分も短縮した研究結果。

一斉にスタートする高校生ランナーたち。
2016年にシンガポールの研究者らが発表した研究(*1)では、14名の男性ランナー(平均年齢28.9歳)を対象に、短距離走インターバル系(IST:Intermittent Sprint Training)とプライオメトリクス系(PT:Plyometric Training)の2種類のトレーニングを6週間にわたって行い、その効果を分析しました。参加者はいずれも中級レベルのランナーで、それまで行っていた長距離走の距離と頻度を減らし、その代わりに週2回は上記どちらかのトレーニングを導入しました。
わずか6週間後の結果は非常に興味深いものでした。まず、10km走タイムが両グループとも有意に改善しました。全体での走行距離は減らしているにもかかわらずです。IST群では平均でおよそ2分短縮し(53分57秒 → 51分57秒)、PT群も同様の改善を示しました。
その一方で、VO₂max(最大酸素摂取量)やランニングエコノミーには有意な変化がなかったことが報告されています。つまり、心肺機能はとくに向上しなかったということです。
長距離走の原動力は心肺能力と脚力です。論文著者らは、心肺機能に変化がないにもかかわらずタイムが短縮した原因を、「脚のパワーや神経筋の協調性が高まることで、より効率的なフォームを維持できたため」と説明しています。実際に、参加者は走力だけではなく、ジャンプ力も有意に上昇していました。脚の筋力と腱の弾性が増し、地面を押す力が強くなった結果、同じエネルギーでもより速く走れるようになったと考えられます。
自分の体を実験に使う。
さて、短距離スプリンター向けのトレーニングが、長距離ランナーにも有効なことを説明するための理論武装はできました。しかし、知識を得ただけでは十分ではありません。なかにはそれだけで指導できる優秀な頭脳の持ち主もいるとは思いますが、あいにく私は自分の痛みを通してからしか学べない肉体派なのです。
ブルース・リーもこう言っています。()内の日本語訳は私によるものです。
•“Knowing is not enough; we must apply.”(知るだけでは足りない。実際にやってみなくてはならない)
•“Absorb what is useful, discard what is not, add what is uniquely your own.”(使えるものを吸収し、そうでないものは捨て、そして自分自身のものを足すとよい)
なぜなら、生徒たちの走力や体力のレベルはさまざまです。場所や設備の制限や天候などのトレーニング環境も変化します。状況に合わせたトレーニングの種類や強度を、指導現場で臨機応変に調整するためには、まず私自身がそれを「身をもって」経験しておく必要があるのです。と、少なくとも私はそう考えています。
そのようなわけで、昨シーズンが終わった頃からの長いオフシーズン、ひとりでこつこつとスプリンター向けトレーニングを行ってきました。その分野の知識は皆無だったので、陸上部やアメフト部のコーチに話を聞きに行ったり、練習を見学したり、あまたの動画を参考にしました。
それもこれも、ひとえに生徒たちがパフォーマンスを上げる手伝いをしたかったから、というのはむろん建前で、実は趣味でやっている草野球の盗塁数や内野安打数を増やしたかったからという理由がより大きいのですが。

ボテボテの内野ゴロを打って走り出す筆者。短距離のスピード向上は大きな課題だ。
動機は不純であっても、自分の体を実験台にして色々と試行錯誤を続けていると、少しずつ短距離走のスピードが上がっていきました。シニア向けの陸上競技大会で100m走に出場したりもしました。むろん上手くいくことばかりではなく、ふくらはぎの肉離れなんて故障も経験しました。
そうした手応えをもとに、今シーズン生徒たちにやらせてみたトレーニングメニューの一部を以下に紹介します。
•メニュー例1:各種ドリル
・Aスキップ(2×10m)
・Bスキップ(2×10m)
・Cスキップ(2×10m)
・アンクルホップ(30回)
・ストレート・レッグ・バウンド(2×20m)
・ファスト・レッグ(2×20m)
・もも上げスキップからのスプリント(2×50m)
・バウンディングからのスプリント(2×50m)
・4×50mスプリント(全速力の80~90%程度 )
これらはいずれも速く走るためのフォームと、それに用いる体の使い方を習得するためのドリルです。
A・B・Cスキップは、膝の引き上げと接地タイミングを整えるのに効果的で、アンクルホップやバウンディングは腱の反発力を引き出す練習になります。
フォームを「跳ねるように」リズミカルにすることが目的で、持久練習だけでは得にくい筋神経的な刺激が得られます。
これらのドリルは、ウォーミングアップに組み込む形でほぼ毎日行いました。距離や回数は生徒の状態に応じて調整しました。
•メニュー例2:登り坂+プライオメトリクス
・登り坂もも上げスキップ(3×10m)
・登り坂バウンディング(3×10m)
・テンポ(3-3-0)・スクワット(1×10)
・片足ホップ(2×10)
・スプリット・スクワット・ジャンプ(2×10)
・スクワット・ジャンプ(2×10)
・タック・ジャンプ(1×5)
登り坂を使ったもも上げスキップとバウンディングは、地面を強く押し出す意識を強調するために取り入れました。
テンポ・スクワット(3秒下げて3秒キープ、素早く上げる)で脚力を安定させるとともに股関節の瞬発力を高めます。その後のジャンプ動作でさらに爆発的な動作に繋げるという流れにすることで、筋力とパワーをバランスよく鍛えられます。
特に股関節屈筋やふくらはぎを重点的に鍛えると、登り坂やペースアップでの推進力が向上します。
•メニュー例3:坂道インターバル
・7×100m(上りを80~90%でスプリント、下りは歩いて回復)
「今日の練習は短時間だぞ」と生徒たちを騙して、学校の近くにある100mほどの坂へ連れて行った日のメニューです。行きと帰りはそれぞれウォームアップとクールダウンを兼ねたジョグ(約800m)です。
登り坂のスプリントはいくら速く走ろうとしても、平地よりスピードが出ません。主観的、体力的には非常にきついのですが、着地衝撃は小さくなります。そのため、全力で走っても意外に故障がしにくいという大きな利点があります。
むろん負荷が加わることで筋力トレーニングにもなりますし、それに加えて、通常のインターバル走と同様に心肺能力を鍛える効果もあります。

いいぞいいぞと筆者に煽られて坂道を駆け登る高校生ランナー。
シーズン中平均して、週に1~2回はこうしたスプリンター向けメニューだけの日を設け、それ以外の日はこれまで通り長距離走を行いました。
上のメニューは器具が一切要りません。登り坂を除いては、場所も選びません。誰でもどこでも試すことができます。私自身はジムでボックスジャンプやオリンピック・リフティングなどの瞬発系種目を行っていましたが、チームの練習に取り入れるには設備が不足していました。
まとめ
上で紹介した研究は、わずか6週間・週2回のスプリンター向けトレーニングで10km走のタイムが有意に向上することを示しました。私たちのクロスカントリー走部もトレーニング期間は約10週間・週2回。それだけで、何人かの生徒は5km走のタイムを1分から5分以上も向上させました。
なかにはまったく効果が現れなかった生徒もいますので、万人に効く方法論ではないかもしれません。
もし今、長距離走のタイムに伸び悩みを感じているランナーがいたら、スキップやジャンプ、そして短距離走を日々の練習メニューに加えてみてはどうでしょうか。たとえ1日10分でも、その瞬発的な刺激があなたの走力を新しいレベルへと引き上げてくれる、かもしれません。
参考文献:
*1. Effects of intermittent sprint and plyometric training on endurance running performance.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2095254616300643?via%3Dihub