あなたは短距離走タイプ? それとも長距離走タイプ?

アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、長距離を走ったことがある人なら、誰もが一度は気になったことがあるであろう「筋繊維のタイプ」についてご紹介します。自分は長距離走タイプなのか短距離走タイプなのか。自分のタイプを知ることが、潜在能力を知ることにもつながりそうです。
「自分は短距離走向きなのか、それとも長距離走向きなのか」
ランニングを続けていると、そんな疑問を抱いたことはありませんか。なかには短距離スプリンターであることにまったく疑いの余地がない人や、あるいは逆に、どこから見ても長距離ランナーである人もいますが、ランナーのほとんどはその中間あたりに属します。
市民レースは圧倒的に長距離が多いので、自分がどちらのタイプに近いかをよく分からないまま、フルマラソンにエントリーしてしまう人もいるでしょう。そこでは、5kmくらいまでは軽快に走れるのに、ハーフを過ぎると急に脚が重くなる人もいれば、スピードはゆっくりでもフルマラソンを安定して走り切れる人もいます。その差はどこから生まれるのでしょうか。
その大きな原因のひとつが、筋肉を構成する筋繊維のタイプとその構成比です。
遅筋と速筋、ランナーの身体をつくる基本構造。
筋繊維は大きく「遅筋(赤筋) – Type I」と「速筋(白筋) – Type II」に分けられます。厳密には、速筋はさらにType IIaと Type IIxに分かれるのですが、あまり深入りすると話がややこしくなるので、ここでは大ざっぱに遅筋と速筋の違いについてのみ述べます。
遅筋は酸素を使って効率よくエネルギーを生み出し、疲れにくい性質を持っています。長時間走り続けるマラソンやウルトラマラソンでは、この遅筋が主役になります。
一方の速筋は、瞬間的に大きな力を発揮できる反面、エネルギー切れが早いという特徴があります。100m走や跳躍競技のように、短時間で爆発的な瞬発力が必要とされる場面で威力を発揮します。
人は誰でも遅筋と速筋の両方を持っています。ただし、その構成比率には個人差があります。遅筋が多めの人、速筋が多めの人。その違いが、走りの得意不得意として表れてくるのです。
オリンピックや世界陸上などで、マラソンランナーと100mランナーの体格を見比べれば、その違いは一目瞭然です。

長距離ランナーと短距離ランナーの違い(イメージ)。
「筋繊維の構成比率は変わらない」という常識。
長い間、スポーツ科学の世界では「筋繊維の構成比率は先天的に決まっており、後天的に変えることはできない」という考え方が主流でした。遺伝子によって決められた設計図は、一生変わらない。だから自分の適性を見極め、それに合った競技を選ぶべきだ、という発想です。
実際、エリートランナーを対象にした研究では、長距離ランナーは遅筋の割合が高く、短距離ランナーは速筋の割合が極端に高いことが示されています。こうしたデータの積み重ねが、「向いていない種目を頑張っても限界がある」という考えを補強してきました。
市民ランナーの世界でも、「自分は速筋型だからマラソンは無理」、あるいは「遅筋型だからスピードは伸びない」と、早々に可能性を狭めてしまう声をよく耳にします。
定説を揺るがした一卵性双生児の研究。
ところが2018年、その常識を大きく揺さぶる研究(*1)が発表されました。30年間にわたって異なる運動習慣を送ってきた一卵性双生児を調べた研究です。一卵性双生児は遺伝情報がほぼ同一であり、「生まれつきの影響」を検証するには理想的な存在です。
研究対象になった双子の1人は、長距離走やトライアスロンなどの耐久系スポーツを行っていて、もう1人はほとんど運動の習慣がありませんでした。この2人の筋繊維組成を調べてみたところ、耐久系アスリートは遅筋繊維がそのほとんどを占めていたのに対し、運動の習慣がない方は遅筋繊維と速筋繊維の比率がほほ半分半分だったということです。
つまり、この双子のひとりは、生まれつきは半分半分だった筋繊維組成を、自分が取り組む耐久系スポーツに適した遅筋優位へと「後天的に」作り替えたということになります。トレーニングによって遅筋と速筋の比率を変化させることは可能であることが明らかになったのです。
自分はどちらのタイプなのか?
では、現在の自分が遅筋優位タイプなのか、それとも速筋優位タイプなのか。厳密に知るには、生体組織検査を受けるしかありません。筋肉の一部を切り取り、顕微鏡で分析する方法です。時間も費用もかかりそうですし、想像するだけで痛そうです。
そこまでしたくない、と思う人が大半でしょう。幸い、医学的な分析とは別に、誰でも簡単に筋繊維タイプを「推測」する方法がいくつか提案されています。
たとえば、
・垂直跳びの記録が男性で50cm以上、女性で35cm以上なら速筋優位
・1-rep max(1回だけ挙げられる最大重量)の80%でバックスクワットを限界まで行い、8回以下なら速筋優位、11回以上なら遅筋優位
2つ目はけっして筋トレおたくでもある私の思いつきではありません。2023年に発表された研究(*2)に基づくものです。速筋優位タイプは、1回挙げるだけの最大重量はすごくても、その80%の重量で「10回3セット」と言われると極端に苦手になる傾向がある、という結果が報告されています。
あくまで簡易的な方法ですが、自分の身体の傾向を知るヒントにはなるでしょう。ちなみに私は、最大挙上重量80%のバックスクワットを最高で20回できたことがあります。明らかな遅筋優位タイプです。

バックスクワットを行う筆者。
「向いていない」ではなく「まだ育っていない」。
ここで、ランナーとしていちばん大切な視点に戻りましょう。自分のタイプを知ることは重要ですが、それは限界を決めるためではありません。
遅筋と速筋の先天的な比率傾向は、確かに存在します。いわばスポーツの種類に応じた「向き・不向き」です。不向きな分野を意図的に伸ばすことはできても、それには長い年月がかかりますし、遺伝的な土台そのものが消えてなくなりはしません。
言うまでもないことですが、誰でも努力次第で100mを10秒台で走れる、あるいはフルマラソンを2時間台で走れる、という話ではありません。しかし、市民ランナーにとって重要なのは、白か黒かの話ではなく、「得意分野をさらに伸ばす」「弱点を克服する」という現実的な視点ではないでしょうか。
速筋優位の人でもロング走を積み重ねれば、筋肉は少しずつ持久的な刺激に適応していきます。遅筋優位の人でもインターバルや坂ダッシュを取り入れれば、短距離のスピードを高められます。
「自分には向いていない」と感じている距離やペースは、それに適した筋肉が「まだ育っていない」だけかもしれません。長い目で見れば、私たちの身体能力は想像以上に変わる余地を持っています。生まれつきの得意・不得意はあるにしても、それを固定化する必要はありません。
遅筋タイプ優位の人は短距離走を。速筋タイプ優位の人は長距離走を。すぐに結果は出ないかもしれませんが、自分の潜在能力を探るプロセスとして楽しんでみてはいかがでしょうか。そういうわけで、私は遅筋優位タイプであるにもかかわらず、最近は短距離走のタイムを縮めることに夢中なのです。
参考文献:
*1. Muscle health and performance in monozygotic twins with 30 years of discordant exercise habits
https://www.researchgate.net/publication/326398362_Muscle_health_and_performance_in_monozygotic_twins_with_30_years_of_discordant_exercise_habits
*2. Can muscle typology explain the inter-individual variability in resistance training adaptations?
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37038845/#full-view-affiliation-1