ランニング中の突然死について考える

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アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、目を背けることのできない現実として起こる、ランニング中の突然死について考えます。そのとき、その場に居合わせたら何ができるのか。身近にいるランナーだからこそできることがあるのかもしれません。
11月8日にアメリカ中西部・インディアナ州で行われたマラソン大会「CNO Financial Indianapolis Monumental Marathon」で、2人のランナーが別々の理由で命を落とすという痛ましい出来事がありました。レースのプレスリリースによれば、2人ともコース上で倒れ、医療スタッフの懸命な対応を受けたものの、緊急輸送された病院で死亡が確認されました。死因についての詳細は明らかにされていません。
残念なことに、レースの途中、あるいは直後にランナーが命を落とす事故はこれが初めてではありません。世界中でランニング人口が増えるにつれ、こうしたニュースが年に数度は聞こえてきます。
ランニングは健康的なスポーツです。しかし「健康だから絶対に安全」というわけではない。レースに参加する私たちランナーは、まずその前提を正しく理解しておく必要があるようです。
目を逸らせてはいけない現実——突然の心停止というリスク
ランニング中、あるいは直後の突然死にはさまざまな要因が考えられますが、その多くは「予期せぬ心臓発作」または「既往歴のない不整脈」が主な原因だと言われています。ランニング人口が増え、参加者の裾野が一般に大きく広がったぶん、統計的には、心停止のリスクも一般社会と同様に一定数存在するという側面も否めません。

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健康診断で異常なしとされた経験豊富なランナーでさえ、極度の疲労と脱水、低体温、電解質バランスの崩れなどが重なると、突然の心停止を引き起こすことがあります。あるいは、はっきりとした原因が不明のことさえもあります。年齢やランニング歴にかかわらず、いつでも、だれにでも、起こり得るリスクです。
それでも救えた命がある——広まりつつある救命処置の力
ただひとつ、救いと言えるかもしれないのは、近年は心停止の救命処置に関する知識が広がり、倒れても一命をとりとめるケースが確実に増えているという点です。
アメリカで行われた大規模調査(*1)によると、2010年以降、長距離走レースでの心停止の発生率はそれ以前と同レベルであるものの、死亡に到る確率は半減しているということです。
レース会場に自動体外式除細動器(automated external defibrillator – 以下、AED)が配置され、ボランティアや周囲のランナーが心肺蘇生法(cardiopulmonary resuscitation – 以下、CPR)を即座に開始できた場合、助命率は飛躍的に向上すると論文著者らは結論で述べています。
つい最近も、それを裏付けるような出来事がありました。12月7日、カリフォルニア州サクラメントで行われた「California International Marathon」のレース中に、30代の女性ランナーが突然の心停止で意識を失いましたが、周囲のランナーと医療スタッフの迅速な連携によって救命されたのです。
女性が倒れたその場に居合わせたランナーがCPRを開始し、医療スタッフがAEDを用いて適切な救命処置を行い、救急隊の到着までつないだと報じられています。女性ランナーは意識を取り戻し、快方に向かっているとのことです。
事故を報じた記事:https://www.sacbee.com/news/local/article313493004.html
ランナー自身が「救命の一員」になるために
私は、CPR及びAEDの講習をこれまでにも何度か受けたことがあります。カリフォルニア州では、すべての教育関係者が2年ごとに同講習に参加し、認定証を更新することが義務づけられているからです。とくにスポーツ関係では、10代アスリートの死因トップは急性心停止なのです。
講習では、人形を使って胸骨圧迫と人工呼吸を練習し、手の位置、リズム、力加減を身体に染み込ませます。AEDの使用法も実際の器具を使って練習します。

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講習自体は半日程度で終了します。難しいことはとくに何もありません。認定証は後日送られてきます。
しかし、もし目の前のランナーが倒れたときに、学んだことを冷静に実行できるだろうか。それを考えると不安になります。
何もできずに立ち尽くすかもしれないし、パニックに陥って手順を間違えるかもしれない。そのせいで助かる命も助からなかったとしたら、どれだけ後悔するだろう。しかも、もし倒れたランナーが自分の生徒だったとしたら。正直に言えば、自信はまったくありません。
それでも救命処置の知識がゼロであるよりは、一通り知っておく方がはるかによい。動揺すれば忘れてしまうかもしれないので、何度でも同じことを練習しておいた方がよいだろう。そう考えて、この講習だけはいつも真剣に受講しています。
幸いなことに、今までのところは、実際に救命が必要とされる場面に遭遇したことは一度もありませんけど。
レースを運営する側は、ランナーの安全を最優先に予防対策を講じます。しかし、どれだけ念入りな安全体制を整えたとしても、突然死の潜在的リスクを完全にゼロにすることは不可能です。
だからこそ、私たちランナー自身一人ひとりが、救命措置の知識をもっておくことを必要とされているのではないでしょうか。だれかがレース中に倒れたとき、一番近くにいるのはランナーのあなたかもしれないからです。
【日本赤十字社】心肺蘇生とAEDの使い方 ~JRC蘇生ガイドライン2020対応~:
https://youtu.be/NGNaD_UY-A4?si=KckkzHFyXC2zg0_D
参考文献:
*1. Cardiac Arrest During Long-Distance Running Races.
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2832121?guestAccessKey=1590ae63-6f44-4e97-8268-ca336f122100