ビーチランのすすめ。砂浜を走る心地よさと効果。

アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、トレーニングとしてはもちろん、心身のリフレッシュにも最適なビーチランにフォーカスします。四方を海に囲まれた日本だからこそ、もっとビーチランを楽しめるといいですね。
市民ランナーが走る長距離走レースには、大きく分けて2つの種類があります。舗装された道路を走るロードレースと、山中などの未舗装のルートを走るトレイルランのレースです。ランニングシューズの多くもそのどちらかの用途に合わせて作られています。
今回紹介したいのは、ロードでもトレイルでもない、砂浜を走るビーチランです。開催されるレースの数や競技人口という角度で比較すると、ビーチランはとてもマイナーな存在です。それでも、太平洋に面した長い海岸線を持ち、気候も温暖な南カリフォルニアでは、小規模なビーチランのイベントが各地で開催されています。
行きは歩道、帰りは波打ち際を走る5kmラン。
10月19日、Bolsa Chica State Beachで開催されたビーチランのイベントに参加してきました。私の自宅から車で30分ほどの距離にあります。走る距離は5km。スタートすると海岸線に沿った歩道を南へ約2.5km走り、そこから波打ち際を走ってスタート地点へ戻ってくるという往復コースです。つまり、前半ロードラン、後半ビーチランということになります。
このイベントは、スポンサーのスポーツ用品メーカーから提供された6パウンド(約2.7kg)の重量ベストを着用して(義務ではありません)走るという、少し変わった趣向もありました。
3kg足らずの重量でも、それを背中に背負って5kmを走るとなると、やはり少なからず負荷を感じます。ロード部分でも普段よりペースを落とさざるを得ません。逆に言えば、3kg体重を増やすと、これだけ走りにくくなるのだな、なんてことも考えていました。

スタートを待つランナーたち。ほぼ全員が重量ベスト着用。
とは言え、このイベントではタイムを計測すらしません。ゴールしたランナーに順位もつけません。普通に5kmをジョグするよりは苦しいですが、レースでもタイムトライアルでもありません。あくまで楽しむためのイベントです。
だからと言って、ランナー全員がのんびりと走っているかと言えば、そうとは言い切れない部分もあります。となりに見知らぬランナーに並ばれるだけで、なぜか闘争心がメラメラとかき立てられ、しなくてもよいラストスパートをするような愚かな人もなかには混じっています。具体的には私です。

ゴール直前で無駄に力走する筆者。ゼッケン1番だけど1位ではない。
海辺を走ると何がよいのか。
ビーチで走るという行為には、昔からトレーニング方法として根強い人気があります。映画『ロッキー3』で、ロッキー・バルボアとアポロ・クリードが、一緒に波打ち際を走っていたシーンは憶えていますよね?

波打ち際を走る高校クロスカントリー選手。ロッキーとアポロを意識しているかは不明。
砂浜を走ると、普段のアスファルトよりも足が沈み込みます。そこから脚を振り上げるには、太ももやふくらはぎ、体幹までバランスよく使う必要があり、自然と全身の筋力強化につながります。
2013年に発表されたスポーツ医学の研究(*1)では、砂上でのランニングは硬い路面よりも約1.6倍エネルギー消費が大きいと報告されています。砂地が着地衝撃を軽減するため、筋肉の損傷や筋肉痛が軽くなることも指摘しています。つまり、強度の高いトレーニングができるうえ、故障のリスクを減らせるのです。
走る動作のメカニズムに目を向けてもメリットがあります。砂地で脚を後ろに蹴り出そうとすると、パワーが砂に吸収されてしまいます。足で地面を引っ掻くこともできません。そのため、前傾姿勢を保ち、足を体重の真下で着地するランニングフォームが自然に習得できるはずなのです。

砂浜にできたケモノ道ならぬランナー道。
そういったトレーニング効果があってもなくても、もっと単純に爽快感を得られることこそがビーチランの最大のメリットではないでしょうか。広い海を眺めて、波の音を聞きながら走る。信号待ちはありません。自動車の排気ガスを吸うこともありません。数字には表しにくい事柄ですが、精神的なリラックス効果は絶大です。
私自身、レースとは別に、ときどき気が向くとビーチランを楽しんでいます。むろん自然が相手なので、いつも快適なビーチランができるとは限りません。潮によって砂の広さや状態は変化しますし、風が強くて走れないなんてこともあります。そこはもう運に任せるしかないのですが、すべてが上手くいった日の精神的効果は、私見では1週間は続きます。
日本でもビーチランはできるか?

神奈川県藤沢市内鵠沼海岸から眺める富士山。(安藤英賢氏提供)
南カリフォルニアの話からいきなり富士山の写真が出てきて驚かれたかもしれませんが、もちろん、日本でもビーチランはできます。と言うか、四方を海に囲まれた日本列島。いくらでも走る場所には困らないはずです。
「ビーチラン」「砂浜ラン」「海岸ラン」といったキーワードで検索すると、『湘南ビーチラン』(神奈川県藤沢市 鵠沼海岸)、『赤羽根ロングビーチラン』(愛知県田原市 大石海岸)といったイベントがヒットしました。やはりロードやトレイルに比べると数はぐっと少ないようですが、ビーチランのイベントは日本各地で行われているようです。

江ノ島から茅ヶ崎にかけて、海岸沿いのサイクリングロードを走ることもできる。(安藤英賢氏提供)
イベントに参加しなくても、ビーチランはできます。お気に入りの場所を見つけたら、いつでも何回でもそこを走ればよいのです。
上の写真を提供していただいた藤沢在住の安藤英賢氏は、熱心な剣道家です。剣道に活かすための足腰強化を目的に、鵠沼海岸の砂浜を走ることを日課にされておられます。サーファーや海水浴客が多い場所柄なので、ゆっくりとしたペースを心がけておられるそうです。と、わざとらしい敬語を使ってきましたが、実は私の学生時代からの悪友でもあります。

夕焼けと富士山。(安藤英賢氏提供)
ビーチに限りませんが、風景は時間によって変化します。2枚上の写真と見比べてください。同じ場所から富士山を眺めても、夕方の時間帯にはこんな景色になるのですね。
ビーチランには風景を眺める以外の楽しみもあります。野鳥好きの安藤氏は走りながらキジバト、ウミネコ、ハシブトガラス、ハシボソガラス、シジュウカラ、ムクドリ、スズメ、イソヒヨドリ、ハクセキレイといった鳥たちを識別できるそうです。それらの鳥たちも走りながらカメラに収めます。
さぞかし忙しいのではないかと思いますが、ビーチランの楽しみ方も人それぞれなのですね。私などはペリカンとカモメを区別できるくらいです。その代わりと言ってよいのか、走りながらサーファーたちを観察して、彼らのテクニックを(心の中で)あれこれ批評することが私のひそかな楽しみでもあります。
ルールにとらわれず、自分の好みに合わせて、海辺を自由に走ってみてはどうでしょうか。海水浴とは違って、これから寒くなる季節はビーチランにとってはむしろ好都合ですから。
参考文献・研究
*1. Sand training: a review of current research and practical applications
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/02640414.2013.805239