「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」は無理だと思うランナーのトレッドミル活用法。
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、天候に左右されずに毎日走り続けるためのアイデアの一つ、トレッドミルの活用法をご紹介。負荷のかけ方次第で屋外と同様の効果が得られるそうです。また、合計2万日以上を、こちらは屋外を走り続けている偉大なランナーも併せてご紹介します。
比喩でも誇張でもなく、毎日走る人がいます。1年のうち365日、雨が降ろうと槍が降ろうと、どんなことがあっても走る人です。
その名もずばり“runeveryday.com”というウェブサイトは、そんな人たちの集まりです。1日最低1マイル(1.6km)以上を連続して走り続けるランナーたちの公認記録を公開しています。
昨年の大晦日、2024年12月31日に、ある偉大な記録が途絶えました。ユタ州ワシントン在住のジョン・スザーランド氏(74歳)が、健康上の理由により走ることができなくなったと発表したのです。スザーランド氏が走り始めたのは1969年6月26日。その間、実に55年、7か月、そして6日。20,309 日を連続して走り続けた合計距離は、約320,000kmとのこと。地球の約8周分にあたります。1日平均約16kmです。
スザーランド氏を紹介したYoutube動画(2017年):
超人的としか表現する言葉が見つからないスザーランド氏の記録ですが、ひょっとしたら、今年の夏にも破られるかもしれません。スザーランド氏より8か月ほど遅れた1970年2月16日に走り始めたジム・ピア―ソン氏(81歳)が、現在も連続記録を更新中なのです。このままピア―ソン氏が走り続けると、2025年8月13日にスザーランド氏の記録に並ぶのです。
実は、スザーランド氏とピア―ソン氏にはある共通点があります。2人とも高校あるいは大学クロスカントリー走部の現役コーチなのです。55年以上という長い年月の間には、若い教え子ランナーたちと一緒に走った日も数多く含まれているのでしょう。そのことがモチベーションのすべてとはいかなくても、源泉のひとつにはきっとなっていたはずだ、と僭越ながらも同じ仕事をしている私は思います。じゃあお前も同じことをやってみろと言われると困りますけど。
どれだけ熱心なランナーでも、毎日のことになると、忙しい、風邪をひいた、膝が痛む、筋肉痛が引かない、2日酔いが酷い、ただ気分が乗らない、などなど、走り出すことを躊躇する理由はたくさん発生します。そうした内面の問題に加えて、天候も大きな外的要因になりえます。大雨でずぶ濡れになったり、猛暑でフラフラになったり、あるいは寒さで凍えるような思いをしてまでは外を走りたくない。そんな思いをしたことがないランナーは稀でしょう。
なぜトレッドミルか。

雨の日に走る筆者。何かでヤケクソになっていたと思うが記憶はない。
屋外で走るには無理がある条件の日には、屋内のジムにあるトレッドミルで走ることも選択肢のひとつに入ってきます。トレッドミルは天候に左右されない以外にも、安全性においてもアドバンテージがあります。屋外ランとは異なり、交通事故の心配はまずありませんし、夜間でも転倒のリスクは低くなるからです。信号も障害物もありませんので、立ち止まることを強制されません。意志と体力が続く限り、好きなだけ走り続けられるということです。
クロスカントリーのシーズンは秋で、南カリフォルニアではほとんど雨が降らない季節です。その代わり、気温40℃を超えるような、とてつもなく暑い日が時々やってきます。むろん生徒たちは外を走ることを嫌がりますし、本音を言うなら私だって嫌です。そんなわけで、練習をトレッドミルに切り換えることがあります。
トレッドミルと屋外ランの効果を比較した研究。

“File:Running-on-treadmills-motion-blur.jpg” by Brandon.wiggins is licensed under CC BY-SA 3.0.
ただし、厳密にフォームや負荷を比較すると、トレッドミルでの走りは、実際に屋外を走るときとは別物です。第一に、トレッドミルには空気抵抗がありません。屋内には風は吹きませんし、ランナー自身も同じ位置に留まっているからです。そして、ベルトが前から後ろへと流れているので、ランナーは地面を強く押す必要がありません。脚への負荷が軽くなるのはよいとしても、フォームの乱れにもつながることがあります。
幸いなことに、ある研究(*1)によると、トレッドミルにたった1%の傾斜をつけるだけで、屋外の平地を同じペースで走るときと同等の負荷がかけられるのだそうです。当然のことですが、傾斜角度を大きくすれば、負荷も大きくなります。別の研究(*2)によると、5%の傾斜で歩くと、平地で歩くより消費エネルギーが52%増加するのだそうです。
ボタンひとつで傾斜とペースを設定すれば、後は走るだけ。脚への負荷が同等であれば、心肺機能も屋外ランと同じように鍛えることができます。ある研究(*3)によれば、トレッドミルで走った場合と屋外で走った場合に要求される VO2Maxには有意な違いはないということです。
トレッドミルでも屋外ランと似たような効果を得られるのであれば、条件の悪い日は無理をして外を走らなくてもよいのではないか。少なくとも、まったく走らないよりは、どんな方法でも走った方がはるかにマシだ。私はそんな風に思います。
トレッドミルでレースをシミュレーションする。

画像はイメージです。
人にもよるのでしょうが、私見では、トレッドミルを走る際に最大の障害となるのは肉体面より精神面にあります。一言で言うなら、退屈なのです。なにしろ、いくら走っても景色が変わらないわけですので。
音楽を聴きながら、あるいは電話で話しながらトレッドミルを走っている人をジムでよく見かけますが、私は練習中の生徒たちにはそれを許可しません。代わりに、走力レベルとその日の練習目的に沿ってペースや傾斜などをあらかじめ指示するのですが、ファルトレク・トレーニングのようにその場でランダムに変化させることもあります。生徒たちはこれをもっとも嫌います。
目標とするレースのコース地図通りに傾斜を変化させるのも良いアイデアだと思います。目標タイムから逆算してペースを設定することもできるでしょう。
そんな高度なプログラミングも可能なトレッドミルはすでに存在するらしいですが、私はまだ見たことはありません。それでも、自分でボタン操作をすればよいわけですし、なにより退屈を紛らわせることができます。
たとえば、「東京マラソンを4時間ジャスト、ネガティブスプリットで走る」とオプションを入力するだけで、トレッドミルのスピードと傾斜が自動で変化し、モニターにはコースの風景がリアルタイムで映し出される。そんな「スマート」トレッドミルとか「バーチャルリアリティー」トレッドミルがあるとよいのですが、それが普及するのもさほど遠い日ではないと私は考えています。
参考文献
*1. A 1% treadmill grade most accurately reflects the energetic cost of outdoor running. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8887211/
*2. Predicting the metabolic cost of incline walking from muscle activity and walking mechanics. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0021929012002291?via%3Dihub
*3. Aerobic requirements of overground versus treadmill running.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/4033405/