「走れ、歩くな!」は間違っていた? 走って、歩いて、また走るメソッド「Jeffing」とは。
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、我々一般ランナーの多くが長距離を走る際に必ず感じるであろう葛藤、「歩かない」ということについて。みなさん、Jeffingと呼ばれるメソッドはご存じですか。
長距離ランナーはどれだけ苦しくなっても走り続けることにこだわり、歩くことを潔しとしない傾向があります。
世界的文学者の村上春樹さんは、長距離ランナーであることでも知られていて、走ることについて多くの文章を書いています。そのなかのひとつに、サロマ湖100kmウルトラマラソンを完走したときを回想した、「走れ、歩くな!」という、そのままズバリなタイトルのエッセイがあります。
タイトルはたぶん映画『歩け、走るな!』(1966年)のパロディなのでしょうが、内容は村上さんがレース中に歩くことを我慢して走り続けたというものでした。雑誌『太陽』に掲載され、後に『走ることについて 語るときに 僕の語ること』に収録されています(第6章)。世界中のランナーたちの間でベストセラーになった名著です。
「でも僕は一度も歩かなかった。ストレッチングのための休憩はこまめにとった。しかし歩かない。僕はなにも歩くためにこのレースに参加したんじゃない。走るために参加したのだ。」
この一文に強い共感、あるいは感銘を受けたランナーは多いのではないでしょうか。私もそのひとりです。それまでもフルマラソンなら何度か走ったことはあったのですが、この本を読まなければ、ウルトラマラソンというものを自分もやってみようとはきっと思わなかったでしょう。
初めて100kmウルトラマラソンに挑んだときは、「走れ、歩くな」を心の中でマントラのように唱えながらも、80km付近で脚が痙攣し、そこからはゴールまで歩かざるを得ませんでした。2度目に挑戦したときは、走るペースを意図的に落として、なんとか最後まで走り続けることができました。
もっとも、1度目も2度目もゴールに到着したタイムは大して変わりませんでした。どちらも制限時間はともかくもクリアして、完走メダルも貰いました。つまり、100kmという距離を、同じくらいの時間をかけて自分の足で移動したことに変わりはないわけなのですが、私が初めて100km を「完走」したと誇りに感じているのは、2度目のレースであることは分かってもらえると思います。
むろん自己満足にすぎません。しかし、競技ランナーではないかぎり、自己満足以外に私たちをレースに駆り立てるものはあるでしょうか。
歩くことは恥ではない。
ところで私は、自分自身が二流の市民ランナーであると同時に、駆け出しのランニング指導者でもあります。自分のことだけなら、故障をしようが、燃え尽きようが、いっこうに構わないのですが、指導する立場としてはそういうわけにはいきません。
それでも高校クロスカントリー走部のコーチになってからしばらくの間は、生徒たちにも「走れ、歩くな」と指導してきました。歩きたくなるのを我慢して走り続けることで、筋力も心肺能力も向上するのだ、と口酸っぱく言いきかせていましたが、実は単なる根性論ではなかったかと最近考えるようになりました。
どうしても5kmを走り切れない、走るのが嫌になって辞めてしまう、故障で走れなくなってしまう、そんな生徒が毎年何人かは必ずいるのです。良き指導者とは、自身の経験や価値観をむやみに押し付けないものですが、彼らは私の未熟さが生んだ被害者であったかもしれません。
ずっと走り続けられたらそれがベストだけれども、歩いてもいいから動き続けてみよう。呼吸が苦しくなくなったら、また走り出せばいい。そんな風に言い方を変えたのはつい最近のことです。
ユルイ練習といえばその通りなのですが、だれもがキツイ練習に耐えられるわけではありません。モチベーションも人それぞれです。歩きを容認することで走ることへのハードルが下がるなら、それは大きなメリットではないかと考えるようになりました。
システマティックに歩くメソッド「Jeffing」。
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Jeffing の提唱者ジェフ・ギャロウェイ(Jeff Galloway)氏。”100927-F-7797P-001” by Offutt Air Force Base is licensed under CC BY 2.0.
私の場合は「歩いてもよい」ですが、それよりさらに踏み込んで、最初から意図的に歩くことを前提にしたランニングのメソッドがあります。ジェフ・ギャロウェイ(Jeff Galloway)氏が提唱するRun-Walk-Run®、通称「Jeffing」です。
Jeffingはいわば「走る」と「歩く」のインターバル・トレーニングです。たとえば、1分間の走りと30秒間の歩きをセットにして、それを何度も繰り返すわけです。走りと歩きの比率はランナー個々のレベルや体調によって調整します。重要なポイントは「苦しくなったら歩く」ではなく、「苦しくなる前に歩く」です。
2016年に発表された研究(*1)では、あるフルマラソンを走り続けた(あるいは走り続けようと試みた)ランナーと比較して、Jeffingメソッドで同じレースを走ったランナーは、ゴール直後の筋肉痛と疲労が格段に小さかったことを報告しています。
*1. Does a run/walk strategy decrease cardiac stress during a marathon in non-elite runners?
それだけではありません。Jeffingメソッドを使ったランナーのタイムは、4時間14~34分、走り続けたランナーのそれは4時間7~34分と、ほとんど同じだったのです。
むろん、ある局面だけを取り上げれば、歩くより走る方が速いことは言うまでもありません。しかし、フルマラソンやそれ以上の長丁場では、歩きを定期的に交えることによるタイムへの悪影響は意外に少なく、そして筋肉疲労を抑えるメリットは思いのほか大きいようです。そのうえ、故障のリスクを大幅に軽減できます。
負担が軽く、故障が少ないということは、長く走り続けられるということ。長い目で見れば、脚力も心肺能力も向上できますし、体重管理にも大きな効果が望めます。
ギャロウェイ氏は、1972年ミュンヘンオリンピックで10000mの米国代表ランナー。つまり元々はバリバリの競技ランナーでした。引退後に指導を始めてすぐ、初心者ランナーたちに故障があまりにも多いことから、Jeffingメソッドを思いついたそうです。とても柔軟な思考の持ち主なのでしょう。
ギャロウェイ氏自身も、79歳になった現在でも走り続け、しかも1978年から故障の経験がまったくないそうです。そしてオリンピアンであったときと同じ体重を保っていると、英「ガーディアン」紙の記事(Jeffing: the run-walk method that can get you to the marathon finishing line | Running | The Guardian)で述べています。
ジェフ・ギャロウェイ氏公式ウェブサイト: https://www.jeffgalloway.com/