アメリカのハートランド、オクラホマ州タルサで走ってみた。
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、日本人はもちろん、アメリカ人にとってもよく知られているとは言い難い街、オクラホマ州タルサを旅ランします。ルート66の中継地点であり、名作映画の舞台ともなった街。果たしてランナーにとってのタルサとは、どのような場所だったのでしょうか。
オクラホマ州タルサという街を走ってきました。私はアメリカに30年以上住んでいますが、この州に足を踏み入れるのは今回が初めてでした。ずっと西海岸か東海岸の都市部に住んできましたし、旅行でもアメリカの真ん中あたりには縁がなかったのです。
私だけではなく、オクラホマもタルサも日本ではよく知られているとは言い難い土地だと思います。それどころか、多くのアメリカ人にとっても事情は似ているのではないでしょうか。有名な観光スポットはありませんし、ビジネスで出張する機会もそれほど多くはないと思います。MLBもNFLもオクラホマにはチームを持っていません。
文学と映画と旅ラン。
オクラホマ? そう言えば、ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』は、オクラホマ州の農民がルート66を辿ってカリフォルニアに行く話だったよね、といきなり1939年初版の名作文学を語り始めてしまう人もいるのでは。
そこまで古くはなくても、1983年公開の映画『アウトサイダー』なら覚えているでしょうか? トム・クルーズ、パトリック・スウェイジ、ラルフ・マッチオ、ダイアン・レイン、マット・ディロン、トーマス・ハウエル、レイフ・ギャレットと今では考えられないようなたくさんのスターたちが共演したこの映画、実はタルサが舞台だったのです。原作著者のS・E・ヒントンはタルサで生まれ育ち、まだ高校生のときにこの小説を書きました。
私がタルサに行ってみようと思いついたのも、高校時代に読んだ上の2冊の本がきっかけでした。ランニングとは何の関係もありません。
しかし、私はどこに旅行するにしても、必ずランニングシューズを持参するか、あるいは最初から履いていきます。観光でも出張でも同じです。いわば、すべての旅行が旅ランなのです。
トラベリンバスにも乗ってみた
心理的にははるか彼方に思えるタルサですが、それでもちゃんと国際空港があります。直行便に乗れば、ロサンゼルスからたったの約3時間で着いてしまいます。
便利なことはよいのですが、少し旅情には欠けます。仕事で忙しい人ならともかく、私はちっとも忙しくありません。時間ならたっぷりあります。そうかと言っても、約2,400kmの距離をドライブするほどの根性は持っていません。
そんなわけで、いったんテキサス州ダラスに飛んで、そこから長距離バス「グレイハウンド」に乗ってタルサに入るというアイデアを思いつきました。ダラスからタルサまでの行程は約6時間ということで、それだけあれば車窓からゆっくりアメリカ南部の景色を眺められるはずです。
グレイハウンドに乗るのは今回が初めてというわけではありませんが、それほど回数は多くありません。アメリカに住んでいると、長距離の移動は飛行機に乗り、近場はレンタカーを借りるという旅のスタイルが当たり前になってしまうのです。
その日、タルサ行きのバスがダラスを出発したのは午前6時台。まだ夜が明ける前にホテルをチェックアウトし、ダウンタウンのいかにもヤバそうな雰囲気のターミナルまで歩いていくのは少し勇気が必要でした。
なにしろ、バスターミナル周囲の路上にも、待合室の床にも、ゴロゴロと寝転がっている人がたくさんいるのです。同じ寝転ぶにしても、国際空港ロビーでそれをする人たちとはかなり服装と雰囲気が違います。
「きつい旅だぜ、お前に分かるかい」とエーちゃんの歌を口ずさみながら、とは冗談だということにしておきますが、正直びくびくものでした。それでも、いったんバスに乗り込んでしまうと、そこからはとくに特別なことは起こりませんでした。
と言うより、現代のトラベリンバスは思ったより快適でした。日本で夜行バスが豪華になってきているほどではありませんが、グレイハウンドも時代に合わせた企業努力をしているようです。予約はインターネットで席を指定できましたし、車内にはWifiもありました。「車内は禁煙、禁酒、食事もドラッグもダメ。見つけたときは警察を呼ぶよ」という出発前のアナウンスがかろうじてアメリカっぽいかもしれません。
人口過密ではないダウンタウン。
バスがタルサのバスターミナルに到着したとき、私が受けた初印象は「なんかスカスカしているなあ」でした。普通、アメリカではバスターミナルはその都市のもっとも混雑する場所にあります。どぎついネオンサイン、ひっきりなしに鳴るクラクション、怪しげな人込み、そんな感じです。ダラスもそうでしたし、ロサンゼルスのユニオン・ステーションもそうです。ニューヨークのタイムズ・スクエアのすぐ近くにあるポート・オーソリティーに至っては、私の目にはカオスの極みに映ります。
しかし、ここタルサのバスターミナルはそんな雰囲気からは遠く離れていました。バスが数台駐車できるくらいのスペースに、プレハブ建てのような小さな建物がついているだけです。目の前の大通りは空いていて、信号がないところでも歩いて渡れそうです。それでも、ここがタルサの中心地なのです。
ダウンタウンを歩き始めても、その印象は変わりませんでした。人がまったく歩いていないというわけではありませんし、近代的な高層ビルも歴史を感じさせる古い建物も並んでいるのですが、まるで清潔なサナトリウムのようで、都会のジャングルみたいなものはまったく見えてきません。
なにしろ、オクラホマ州は日本の約半分の面積を持ちながら、人口は約400万人しかありません。州内で2番目の都市であるタルサも人口約40万人。それも多分、かなり広い地域に散らばっているのではないでしょうか。これまでにアメリカでたくさんの大都市を訪れましたが、タルサほど人口密度が低いダウンタウンを私は見たことがありません。
その分、タルサはとても走りやすい街でした。ダウンタウンの歩道ですら混雑していないだけではなく、少し郊外に出ると豊かな自然に囲まれた住宅地や大学のキャンパスがすぐ近くにあるのです。まずまず、都会でジョギングをするには最良の環境ではないでしょうか。
ルート66を(自分の足で)走ってみないか?
ルート66をご存じでしょうか? イリノイ州シカゴから西へ向かい、8つの州といくつもの小さな町を通り抜け、カリフォルニア州サンタモニカまで続く、アメリカでもっとも有名な道路です。数多くの映画やテレビドラマの舞台になりました。
タルサはそのルート66のちょうど真ん中あたりに位置する中継地点でもあります。市内にはその史跡スポットが点在しています。今回はタイミングが合いませんでしたが、その名を冠したマラソン大会が毎年開かれていることを後で知りました。
ルート66マラソン公式ウェブサイト:https://organizations.hakuapp.com/sites/organization_sites/4e4a1babfb986f62bd16
ルート66は2026年には100周年を迎えます。その記念すべき年にタルサを再訪し、このマラソンを走ってみるのも悪くはないかな、と考えています。