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COLUMN

最新研究紹介:人類が長距離走を得意とするワケ

2024.09.23
GO KAKUTANI

最新研究紹介:人類が長距離走を得意とするワケ

アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は少しアカデミックに、「人類が長距離走を得意とするワケ」を、過去、そして最近発表された論文を交えてご紹介します。

ランナーの皆さんなら、世界的ベストセラーになったクリストファー・マクドゥーガル著『Born to Run』は読んだことがあるか、書店で手に取ってパラパラとページをめくったことはあるのではないでしょうか。

「走るために生まれた」。このタイトルの主語は、きっと著者個人を指す“I”ではありません。私たちランナー、あるいは人類すべてを意味する“We”であることは、この本を一読したことがある人には分かるでしょう。だからこそ、多くの人から共感を呼びました。

ところで、この本はメキシコの伝説的な「走る民族」や、高名なウルトラランナーたちについて書かれています。つまり、そこで語られる「走る」とは、「速く」ではなく「長く」に重点が置かれているのです。

しぶとく、諦めず、力を合わせて、獲物を追いかけた人類のご先祖様たち

最新研究紹介:人類が長距離走を得意とするワケ

人類は、短距離走や瞬発力では多くの動物より劣りますが、長距離走ではひょっとしたら地上最高の生き物かもしれません。

現在の人類を解剖学的に他の動物と比較すると、私たちの身体が長距離走に適していることは説明がつくそうです。豊富な汗腺と少ない体毛によって体温を調節し、アーチ状の足裏とバネのようなアキレス腱は着地の衝撃を和らげると考えられています。

筋肉を構成する筋繊維には、持久力に長けた遅筋繊維と瞬発力に長けた速筋繊維があります。その比率には個人差があり、前者が多いと長距離走に向いていて、後者が多いと短距離走に向いています。しかし、比較の対象を他の動物にまで広げると、人類は概ね遅筋タイプになるようです。

人類の身体が長距離走に適している理由は、これまでにもさまざまな角度から議論されてきました。その答えを有史以前にまで遡る人類の進化に求めた研究(*1)が、20年前に発表されています。

*1. Endurance running and the evolution of Homo.(要約のみ。全文を表示するには追加料金がかかります)

論文著者のデニス・ブランブル氏とダニエル・リーバーマン氏は、人類が長距離走に役立つ生理学的特性を持つことを強調しました。さらに彼らは、そのような特性は約200万年前に人類の祖先に初めて現れ、その後の気が遠くなるような長い年月を経て「人間の体形の進化に役立った可能性がある」と述べました。

この説をさらに掘り下げ、人類が獲物を追いかけるために選んだ狩猟の方法や技術が、進化を促進したとする研究(*2)が最近発表されました。

*2. Ethnography and ethnohistory support the efficiency of hunting through endurance running in humans.

論文著者は、人類学者であるユージーン・モーリン氏(フランス・ボルドー大学)とブルース・ウィンターハルダー氏(カリフォルニア州立大学デイビス校)です。

私たちの祖先は、スピードや敏捷性を高めるよりも持久力や耐久力を増やす方向を選びました。素早く逃げ回る動物が疲れて動けなくなるまで、しぶとく追いかけ続けて、最終的に捕まえるために他なりません。そして集団で狩りをすることで、誰がリーダーシップを取り、どのように役割分担をするかといった社会性も発展させていったと考えられています。

「男は生まれつきハンターだ」のウソ

最新研究紹介:人類が長距離走を得意とするワケ

そうした持久力に頼った狩猟スタイルが人類の特徴であり、かつ進化を促したのだとすれば、こんな風に言う人も出てきそうです。

「原始時代、男性は外で獲物を追いかけ、女性は木の実を採集した。狩猟の役割は男性が担った。現代の男女の間にも運動能力や性格には遺伝的な差があるのはそのためだ」。

これに似た説は、男女の体力差を説明するだけにとどまらず、男性は外で働き、女性は家を守る、という社会的役割分担が「自然の摂理」であるとする主張を裏付けるためにもしばしば用いられてきました。それだけならともかく、男性の浮気性を正当化することに使う輩もいます。私のことではありません。

ところが、そうした男女分業説は迷信に過ぎないと結論で述べた研究(*3)が、昨年6月に発表されています。

*3. The Myth of Man the Hunter: Women’s contribution to the hunt across ethnographic contexts.

論文著者であるシアトル・パシフィック大学の生物学者らによると、狩猟採集時代の人類は、食べ物を獲得するうえで男女がほぼ同じ役割を担い、女性も狩猟に参加していたのだそうです。

昨今、ウルトラマラソンのレースで女性のタイムが男性のそれに近づきつつあります。それどころか、男女混合のレースで女性が優勝するケースまでもが珍しくなくなってきました。女性も男性同様にハンターであったと言う説が、その理由を説明できそうです。

もっとも、ことさらに学術研究を持ち出す必要はないのかもしれません。ごく個人的な話をすれば、これまでに数えきれないほどたくさんのレースに出てきましたが、男性である私を軽々と引き離していった女性ランナーは星の数ほどいたからです。

「元始、女性は太陽であった」とは平塚らいてうの言葉ですが、女性はハンターでもあったのかもしれません。

Go Kakutani
角谷 剛
アメリカ・カリフォルニア州在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持ち、現在はカニリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務めるほか、同州ラグナヒルズ高校で野球部コーチを兼任。また、カリフォルア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。 公式Facebook:https://www.facebook.com/WriterKakutani
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