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COLUMN

セカンドチャンスを追いかけたランナーたちのドキュメンタリー

2024.07.10
GO KAKUTANI

セカンドチャンスを追いかけたランナーたちのドキュメンタリー

アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。第4回目の今回は、アメリカのランニングドキュメンタリーをご紹介します。切実な思いを込めて走る、セカンドチャンスを追いかけたランナーたちのドキュメンタリー。

ランニングを趣味にしている人は、基本的には社会的にも経済的にも余裕がある層だと思います。走ることにかかる時間的制約や費用は、他のスポーツと比較してさほど大きくはありませんが、それをやってみようと頭に浮かぶこと自体、ある程度のヒマとカネがあることが前提になるのではないでしょうか。競技者ではない一般人が、誰に頼まれたのでもなく長距離を走る。狩りをするためでもありませんし、飛脚や伝令を務めているわけでもありません。とても現代的な光景ですし、世界が進歩している証かもしれません。

しかし、もっと切実な思いを込めて走る、あるいは走らざるをえないランナーがいます。薬物中毒、貧困、犯罪など、さまざまな困難を走ることによって乗り越えようとする人たちです。今回紹介するドキュメンタリー映画や書籍は、そんなランナーたちや彼らを献身的に支えた人たちを描いたノンフィクションです。

Skid Row Marathon(ドキュメンタリー映画)

作品ホームページ:https://skidrowmarathon.com/

米国の各都市でホームレスの問題が深刻化しています。ロサンゼルスもその例外ではありません。路上で暮らす人たちの数は5万人を越えると言われ、その多くはスキッド・ロウ(Skid Row)と呼ばれる地域に集中しています。

そのスキッド・ロウで、ひとりの判事がランニング・クラブを設立しました。夜が明ける前に集まり、貧困と混乱の極みのような路上をグループで走ります。薬物中毒から抜け出そうとする人、仮釈放中の元犯罪者、ホームレス用シェルターに寝泊まりする人など、さまざまな背景を持つ人たちが、フルマラソンを走るためのトレーニングに励む姿を追ったドキュメンタリーです。

26.2 TO LIFE(ドキュメンタリー映画)

作品ホームページ:https://www.sanquentinmarathon.com/

サンフランシスコの北側にあるサン・クエンティン州立刑務所が設立されたのは1852年。カリフォルニア州内では最も古い刑務所です。重罪を犯した受刑者が多く収監され、そのなかには終身刑や死刑に服するものも含まれます。女優のシャロン・テートを殺害したことで有名なチャールズ・マンソンもそのひとりでした。

その刑務所内に「1000 Mile Club(1000マイル・クラブ)」というランニング・クラブが存在します。メンバーは走ることを選択した受刑者たち、指導に当たるスタッフはボランティアです。

ある11月の朝に、この刑務所内で行われたフルマラソン・レースがこの作品のハイライトです。作品名の26.2とはマイル数のこと。つまり42.195キロです。

ランナーたちは、施設内に作られた約400メートルのコースをぐるぐると105周します。むろん、高い壁に囲まれていますし、美しい景色はどこにもありません。なぜマラソンを走るのかとの問いに、「自分を変えたいからだ」と答えたランナーが私には強く印象に残りました。

Reborn on the Run(書籍)

詳細(Amazon):https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/151072902X/

セカンドチャンスを追いかけたランナーたちのドキュメンタリー

Skyhorse Publishing(2018/5/15)、英語

著者のカトラ・コルベット(Catra Corbett)さんは、アメリカのランニング愛好家の間ではよく知られた存在です。100マイル(160キロ)以上のレースを100回以上完走したことがあるウルトラ・ランナーです。

彼女は、若い頃から頭角を現していたランナーではありませんでした。それどころか、元覚醒剤中毒患者であり、違法ドラッグ・ディーラーとして逮捕歴もあります。全身に刺青もあります。

本書は、そんな彼女が自らの半生を語った自伝です。覚醒剤を断ち、更生の道を歩み始めた後も、拒食症、自殺未遂、近親の突然死など、さまざまに形を変えた困難が次々と彼女を襲います。それでも彼女は走り続けました。生まれ変わる(reborn)ために、走るしかなかった。タイトルにはそんな彼女の思いが込められているような気がします。


著者紹介動画(Hoka)

30 for 30: ‘LANCE’(TVドキュメンタリー)

スポーツ専門局『ESPN』が、元競技サイクリストのランス・アームストロングを特集したドキュメンタリーです。ご存知の人も多いでしょうが、アームストロングは頂点から奈落の底へと、まるでジェットコースターのような壮絶な半生を送ってきた人です。

生存率50%以下と言われた癌を克服して、奇跡的に競技に復帰しただけではなく、ツール・ド・フランスを7連覇するという偉業を成し遂げ、スポーツ界というカテゴリーを超越した英雄に祭り上げられました。しかしながら、自ら認めたドーピングにより全タイトルを剥奪され、サイクリング競技から永久追放の処分を受けました。

この作品は、ランニングに焦点を当てたものではありません。それでも、ここで紹介したいと思ったのは、最終シーンで冬の凍てついた道を走るアームストロングの姿と言葉が印象的だったからです。

ESPN公式X(旧ツイッター)より
「過去を変えることができたら、と思う。もっと良い人間でいれたら、とも思う。私にできるのは申し訳ありませんでしたと謝り、そして前に進むことだけだ。そして、他の人にもそうしてほしいと願う」(筆者訳)

おわりに

セカンドチャンスを追いかけたランナーたちのドキュメンタリー

あくまで私の個人的な感想だとお断りしておきますが、上で紹介した作品はどれも「セカンドチャンス」がキーワードです。過ちを犯した人が自分を変えようと思うとき、走り出すことでその道が現れるときもあるようです。ただし、道があっても、そこに足を一歩踏み出すためには、本人の意志が必要です。

これらの作品ほど過酷ではありませんが、私も人生の苦しい時期を走ることによって乗り越えた経験を持つひとりです。現在、道を失ったような気持ちで苦しんでいる人もいるかもしれません。どうすれば分からないのなら、試しに走り出してみてはどうでしょうか。そのことで失うものはきっとありませんし、ほんの少しでも救いになればと願っています。

Go Kakutani
角谷 剛
アメリカ・カリフォルニア州在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持ち、現在はカニリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務めるほか、同州ラグナヒルズ高校で野球部コーチを兼任。また、カリフォルア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。 公式Facebook:https://www.facebook.com/WriterKakutani
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