アメリカの部活指導員というお仕事
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。第3回目の今回は、氏が実際に経験し、感じたアメリカの部活指導員というお仕事について紹介します。
日本の学校における部活動が、縮小されつつあるというニュースをよく見聞きするようになりました。理由は色々あるのでしょうが、指導にあたる教員たちが過度な負担に苦しむ、いわゆる「ブラック労働」もそのひとつに挙げられています。
ただでさえ教員は大変なお仕事です。そのうえに部活動指導を引き受けると、放課後や休日に時間をとられ、しかもボランティア扱いで無給同然のことが多いと聞きます。無理が前提となったシステムのような気がしてなりません。
それでも、部活動を縮小してほしくないと私は思います。自分自身を振り返っても、部活動なしの学校生活は考えられません。なにしろ、国語と数学と理科と社会と英語が苦手でしたので、スポーツを行うときが私にとっては自己を肯定できる貴重な時間でした。もし学校が教室「だけ」の場であったら、居場所を失ってしまう子どもも多いのです。
だからこそ、私は部活動に外部指導員を導入することを教育関係者に強く訴えたいと思います。教員の皆さんには本来のお仕事に専念してもらい、部活動の指導や管理は外部の人材に委託することで、部活動を無理なく存続、あるいは今以上に発展させることも可能になるでしょう。生徒にも教員にも、そして外部人材にもメリットがあります。
前置きが長くなりましたが、私は米国・カリフォルニア州にある2つの高校で外部指導員を務めています。ひとつはクロスカントリー走部、もうひとつは野球部です。日本とアメリカの教育事情はもちろん異なりますが、それでも参考にできる部分はあると思います。今回は、アメリカでの部活動が指導員の立場からはどのように運営されているかを紹介します。
教員と外部指導員の割合
アメリカでの部活指導員は、その学校の教員である場合と、私のような外部の人間である場合があります。私が実際に見聞きする南カリフォルニアの高校スポーツに話を限定しますと、その割合はほぼ半々。どちらかと言えば外部指導員の方がやや人数は多いでしょう。
教員であっても、部活指導はボランティアというわけではありません。学科を教える仕事とは別に、スポーツ指導員としての給与が学校や教育委員会から支払われます。
外部指導員の場合、人事上の扱いはシーズンごとに契約するパートタイム。つまり季節労働者です。雇用主は公立高校の場合は地域の教育委員会、私立高校の場合は学校法人ということになります。
スポーツの種類や部内での立場(ヘッドコーチかアシスタントコーチか)によって待遇は異なりますが、部活指導員の収入は一般的にはそれほど高いものではありません。部活動スポーツを指導するということを経済的な意味だけに目を向けると、教員にとっては残業代のようなもの、外部指導員はアルバイト程度だと考えてもらってよいと思います。
例外は、花形スポーツであるアメリカンフットボールのヘッドコーチでしょう。人から聞いた話なので真偽のほどはわかりませんが、ある学区の教育関係者で一番の高給取りは、教育委員長でも校長でもなく、アメフトのヘッドコーチなのだそうです。
私の周囲にいる外部指導員たちは、別に本職を持っている人、いくつかの学校やクラブを掛け持ちしている人、大学生のアルバイト、退職して趣味でやっている高齢者など、世代も背景もさまざまです。
FBIに指紋照会を求められるわけ
部活指導員は、さまざまな意味で教育関係者に分類されます。子どもに関わる仕事ですので、採用される前には厳正な適性検査が必須義務とされます。
具体的には、私が内定通知を受けてすぐに行わなくてはいけなかったことは、地元の警察署に赴いて、指紋押捺と写真撮影を受けることでした。説明によると、指紋はFBIのデータベースに照合され、過去に問題とされる犯罪歴がないかを調査するということです。
指紋押捺は両手のすべての指を担当の警察官がスキャナーに押し付ける、念入りかつ本格的なものです。私は米国永住権を取得する際にも移民局で指紋押捺を受けていますが、それよりもはるかに厳格な雰囲気でした。信じるかどうかは読者のみなさんの自由ですが、私には前科はありません。やましいことは何もないのですが、それでも結果が出るまでの数日間はなんだか落ち着かない気分でした。
犯罪歴がないとFBIから晴れてお墨付きを受けた後も、民間のバックグラウンドチェック、病院でメディカルチェック、指導者講習の受講、緊急救命措置の資格取得、などなど、採用が決まってから実際に指導を始められるようになるまでには、いくつものこなすべきことが待ち構えていました。すべてが終わるまで2~3週間はかかったように記憶しています。しかも、これらの手続きは1回だけではなく、毎年のように更新しなくてはならない資格も多いのです。
スポーツ以外の仕事が多いヘッドコーチ
何はともあれ、高校生たちを相手に、自分の好きなスポーツを仕事にできるのは嬉しいものです。正直に心中を述べるなら、それは仕事ですらありません。クロスカントリー走の練習では部員たちと一緒に走りますし、野球の練習ではノッカーやバッティングピッチャーをします。遊びながらおカネを貰っているなと思うこともあります。
ただし、肩書がヘッドコーチになると、やや事情は異なってきます。立場としては部の運営責任者という立場で、スポーツ以外の雑事がたくさんついてくるのです。練習の内容を決めて、試合のスケジュールを調整する。ヘッドコーチのもっとも重要な役割ですが、話はそれだけでは終わりません。部員や保護者たちにメールやテキストで連絡することも仕事のうちです。
ユニフォームや道具を管理して、新入部員を勧誘して、辞めたいという部員の相談に乗り、遠征の際にはバスの手配から引率までします。ファンド・レイジングと呼ばれる部費集めに始まって、部の予算管理もヘッドコーチの責任範囲です。アシスタントコーチの採用も決めます。そうした人事や総務担当者のような仕事をこなしたうえで、日々の練習では指導をして、試合になると監督役をやります。試合中の起用法については不満をもつ部員や保護者たちもいますので、彼らとのコミュニケーションには常に気を遣います。
ヘッドコーチ以外のアシスタントコーチは、責任が軽く、給与が低い分、比較的スポーツそのものに専念することができます。私の場合、クロスカントリー走ではヘッドコーチ、野球ではアシスタントコーチを務めています。
「仕事が生き甲斐」と言い切れる幸運な人たち
このように、部活指導員と言っても内情はさまざまなのですが、共通した心情は「好きでやっている」、あるいは「好きじゃなくてはやっていられない」ではないでしょうか。
私のような外部指導員はもちろんですが、教員と兼任している人もそちらが本職と言うより、好きな部活指導を続けるために、とりあえず安定した収入が必要だから教員をやっている、というような雰囲気がしばしば見受けられます。「好き」の中身がスポーツそのものである人もいれば、若い世代の成長に関わることの比重が大きい人もいます。いずれにせよ、この仕事を何10年も続けている人は私の周囲では珍しくありません。
同じ仕事でも、義務感や責任感で嫌々やるより、好きなことを主体的に選んでやる方が、サービスを行う方と受ける方の双方にとって、はるかに好ましいことは言うまでもありません。部活動指導の負担に押しつぶされるセンセイたちをこれ以上増やす前に、そしてそれを理由に部活動そのものを制限する前に、情熱を持った外部指導員を学校内に受け入れるシステムを導入してほしい。私はそう願っています。