• instagram
  • youtube
  • rss
スタイリッシュに速く走りたい、すべてのランナーへ
  • instagram
  • youtube
  • rss
COLUMN

「FTR100」長念寺70km、静かな判断が生まれる場所で

2025.11.30
Aki

「FTR100」長念寺70km、静かな判断が生まれる場所で

ロングディスタンスのトレイルレースには、脚力だけではなく、自分の身体の状態を把握する冷静な判断力が必要だ。とはいえ、レースには初めて挑戦する人や、ムリをしてしまう人も少なくない。安全にレースを続けるために。「FTR100」では、その判断の一つの材料を提供することを目的に、数年前からメディカルチェックを導入した。ただのエイドとも違う、その役割とは。

100マイルと100kmが交差する“判断の地点”

「FTR100」は、秩父・奥武蔵の山岳地帯をめぐるロングトレイルレースだ。自然の地形を生かした厳しいコース設定が特徴で、完走には走力だけでなく、自分の状態を正しく把握して判断する力が求められる。レースが進むと深夜帯に入り、気温はぐっと下がる。もし足が止まれば対応が難しくなる区間もあり、安全管理のためにメディカルチェックが設けられている。そのチェックが行われるのが、歴史ある長念寺。「FTR100」では、ちょうど70km地点のエイドにあたり、ここまで100マイルも100kmも同じコースを進んでくる。そして、この長念寺エイドは関門制限午前3:30(100km)で、多くのランナーが真夜中近くに入ってくる。次のエイドまでは約13km、1200mのアップ。故にこのメディカルチェックで、ランナーの状態を確認し、その後のレース続行へのひとつの判断材料を提供する。

70km地点に入ってくるランナーには、小さな変化が現れ始めている。一つひとつは問題に見えなくても、冷え、補給不足、集中力の低下、装備操作の遅れなどが積み重なると、次の13kmで動けなくなる可能性が出てくる。深夜の山中は気温が低く、視界も限られ、小さな不調が大きなリスクへと変わりやすい。この区間の特性を踏まえ、長念寺でのメディカルチェックは数年前から導入されている。

メディカルチェックですべてのランナーを一度立ち止まらせる背景には、明確な理由がある。それは、夜間に起こりやすいトラブルや救助対応を少しでも減らし、選手と大会運営がともに安全な状態を保てるようにするためだ。救助体制を維持するという意味でも、安全のバランスを取ることは欠かせない。その前提を共有したうえで、「続けるかどうか」を冷静に判断できるようそっと助言を添える。

メディカルチェックの目的はただひとつ。“この先の13kmを、自力で、安全に通過できる状態かどうか”。判断は難しい医療行為ではなく、誰が見ても共通して確認できる基礎項目に基づいて行われる。長念寺から先に控える1200mの登りと、700mの下りを越えられるかどうかを見極めるための、ごくシンプルなプロセスだ。

「FTR100」長念寺70km、静かな判断が生まれる場所で

100kmクラスに参加するランナーにとって、この長念寺エイドから先の道程は厳しい。

メディカルチェックが映し出す“静かな変化”

先に到着する100マイルのランナーは、総じて落ち着いていた。補給、防寒、身体のリズムが大きく崩れず、体調の微妙な変化の意味を理解したうえで、無理をしない判断ができている。 経験のあるランナーほど、「まだ行けるかどうか」の線引きが明確で、判断が揺れない。メディカルチェックでは必要な項目を淡々と満たし、そのまま次の区間へと進んでいった。

100kmランナーは状況が少し異なっていた。初挑戦のランナーも多く、後半の状態変化を自分で読み切れないまま進んでくることがある。補給が入りにくい、冷えて手がかじかむ、装備の脱着で迷う…そんな小さな変化の積み重ねが、次の登りと下りを越えられなくなるリスクにつながる。身体の疲労は、心の強さを確実に削いでいく。長念寺に入ってくる表情には、「進みたい気持ち」と「身体の限界」が同時に浮かび、判断が揺れる瞬間が見えることもあった。

メディカルチェックは「走れるかどうか」を評価するものではない。ここで確認するのは、次の区間を安全に進むために必要な“基本的な状態”が保たれているかどうかだけだ。確認したのは、以下のような基礎項目である。

・防寒ができているか?
・ウェアが濡れていないか?
・温かい飲み物や固形物が摂れるか?
・手先の動き(補給・装備操作)が保たれているか?
・歩行の乱れや返事の遅れ、認知の違和感はないか?

これらが保たれていれば、次の区間へ進む力は十分に残っていると判断できた。短い会話の中で、私はできるだけ笑顔で声をかけた。すると、疲れていても自然と笑顔を返してくれるランナーがいる。そのわずかな表情の変化は、意識の集中度や心の余裕を見るうえで大切なサインだった。トレイルレースは苦しい。それでも“楽しむ余力”が残っているかどうかは、進む判断を支える材料になる。笑顔が返ってくるということは、まだ自分をコントロールできている証でもあった。

「FTR100」長念寺70km、静かな判断が生まれる場所で

ここで確認するのは、次の区間を安全に進むために必要な基本的な状態が保たれているかだけ。

長念寺に刻まれる“静かな決断”

100マイルの安定感と、100kmの揺らぎ。二つのカテゴリーが同時に流れ込む長念寺は、ただのエイドではなく、ランナーがこの先を進めるかどうかを自分に問う“分岐点”だった。 メディカルチェックを終えたランナーのゼッケンには、長念寺を通過した印として赤いマークがつけられる。淡い灯りの中へ消えていくランナーの背中には、ここで下した判断と、静かな覚悟が宿っていた。長念寺は、ただ通過するだけの場所ではなく、自分の状態と向き合うための節目でもあった。すべてのランナーたちが無事にレースを続けられるように。長念寺エイドのメディカルチェックは、その役割を果たしている。

「FTR100」長念寺70km、静かな判断が生まれる場所で

この区間で感じたことを、ランナーにも救護に立つ人にも、そっと共有できたらと思う。

Aki
Aki
神奈川県在住。医療職として働く傍ら、救護活動に携わる。自身もトレイルランニングを愛好し、100マイルレースの完走経験もあり。「誰かの一歩を支える」ことを大切にしている。
RECOMMEND
CATEGORIES