クレアチンは長距離ランナーにも効果がある?
アメリカ・カリフォルニア州に在住し、同州の高校でクロスカントリー走部のヘッドコーチを務める角谷剛氏による連載コラム。今回は、つい最近まで長距離ランナーには無縁のものと考えられてきたサプリメントの一つ、クレアチンについて、最近の研究結果を交えてご紹介します。主に瞬発力を求められるアスリート向けと思われていたクレアチンが、長距離ランナーにも効果があるのかもしれません。
学問としてのスポーツ栄養学は、1930年代後半にスウェーデンで始まったとするのが定説になっています。初期の研究は、主に持久力運動を行うアスリートの炭水化物と脂質の代謝に関するものが中心でした。
その後、この分野の発展ぶりには目を見張るものがあります。スポーツのパフォーマンスを上げるためには、あるいは回復を促すためには、何を、どれだけ、そしていつ食べるべきかについての知見が大きく広がりました。自然な食べ物だけではなく、さまざまな種類のサプリメントについても研究が進んでいます。
クレアチンは代表的なサプリメントのひとつですが、つい最近までは長距離ランナーには無縁のものと考えられてきました。陸上の短・中距離走系や投擲系、重量挙げ、格闘技、野球など、主に瞬発力を求められるアスリート、あるいはボディビルダー向けであることが従来の定説だったためです。
ところが、最近になって、クレアチンには持久系スポーツのパフォーマンスも上げる効果があるとする説を見聞するようになりました。
クレアチンのカーボローディング効果。
クレアチンは、短時間で高強度の運動をする際に筋肉のエネルギー源となる栄養素です。サプリメントで定期的に摂取してパワートレーニングに励むと、筋肉量が増えます。体がデカくなり、それがパワーの源泉になるわけですが、長距離ランナーにとっては、体重増はできれば避けたいところです。
ところが、長距離サイクリストを対象とした2018年の研究(*1)では、クレアチンを摂取した選手は体重が増加したにもかかわらず、摂取しなかった選手と比較して、タイムトライアルのパフォーマンス、とくに最終4kmのタイムが向上したと報告しています。
*1. Effects of Creatine and Carbohydrate Loading on Cycling Time Trial Performance
クレアチンを炭水化物と組み合わせて摂取すると、筋肉がグリコーゲンの形で炭水化物を蓄えるのに役立つ可能性があることを示唆しています。つまり、持久系スポーツではお馴染みのカーボローディング効果です。
普通のカーボローディングにも体重増のリスクはありますが、それを上回る効果が期待できるということでしょう。クレアチンを摂取することで、レースの後半になってもスピードを維持するためのエネルギー源を増やせるのであれば、サイクリストだけではなく、長距離ランナーにも有益であると推測できます。
クレアチンの筋肉疲労回復効果。
クレアチンの摂取がラン後の回復を早める可能性もあります。長距離ランナーを対象にしたある研究(*2)では、クレアチンを摂取したランナーは、摂取しなかったランナーよりも、30km走レース後の筋肉痛と炎症の指標が少なかったと報告しています。
クレアチン摂取が筋肉のダメージを軽減し、回復を促進するのだとすれば、関心を持つランナーも少なくはないでしょう。走った後の回復が速ければ速いほど、次のトレーニングをより早く行うことができます。すると、結果的に競技パフォーマンスが向上するはずなのです。
スポーツ以外の分野で発見されたクレアチン効果。
最近では、クレアチンの研究はスポーツ以外の分野にも及んでいます。ある医学研究(*3)では、クレアチン摂取が抗うつ薬治療を効果的に強化することを報告しています。8 週間の臨床試験後、SSRI 抗うつ薬とクレアチン摂取を併用した被験者は、抗うつ薬のみを服用した被験者に比べて、うつ病の症状が緩和する可能性が 2倍高くなるそうです。
クレアチン摂取が記憶力を向上させるとする研究(*4)もあります。とくに66歳から76歳の高齢者にその効果が顕著なのだそうです。性別や地理的要因は影響しないとのこと。
なぜサプリメントが必要なのか?

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クレアチンは、本来なら食事から摂取できる栄養素です。主に肉や魚に含まれています。しかし、一般的にクレアチンと言えば、サプリメントから摂取することを指します。
そのワケは、食物に自然に含まれているクレアチンの含有量では、効果を出すためのクレアチン量にはるかに足らないからです。
意識してクレアチンのサプリメントを摂取する場合、1日あたり5~20gが目安になります。ところが、仮に牛肉や豚肉、あるいはマグロなどの魚を1キロ(!)食べても、それに含まれるクレアチンは3~5g以下なのです。
またクレアチンは熱に弱いので、なるべくなら食物を加熱しないで食べる必要があります。刺身などは理想的なのですが、毎日1キロ以上の刺身を食べ続けられる人はあまりいないでしょう。生肉となれば尚更です。そこでサプリメントが登場するわけです。
クレアチン・サプリメントの摂取方法。
クレアチンのサプリメントを摂取するとき、大きく分けて2つのパターンが推奨されます。どちらも1回の摂取量を4~7g程度とします(体重によって異なる)。
a) 最初の1週間をロード期間として、1日に4回摂取する。ロード期間を終えると、メンテナンス期間として1日1回の摂取を続ける。
b) 1日1回の摂取を最低でも4週間以上続ける。
どちらの方法でも、クレアチンの効果は摂取を開始してから1~4週間後と比較的早く現れます。そのため、栄養補給剤というより、むしろパフォーマンスを向上させる薬品のような印象を持たれる場合もあります。
現在までのところ、クレアチン摂取による深刻な健康被害は報告されておらず、安全でしかも比較的安価なサプリメントだとする見方が一般的です。
それでも、人によっては、クレアチンを摂り始めた時期(特にロード期間)に下痢をするなど、消化器系に問題が生じる場合があります。長期的に摂取を続けると、腎臓にダメージが蓄積する恐れも指摘されています。
困ったことに、クレアチンは摂取し続けないと、せっかく増量した分は体内から消えてなくなってしまいます。ある研究(*5)によると、クレアチンのサプリメント摂取をやめてから約4週間後に、体内のクレアチン・レベルは摂取前のレベルに戻るということです。
つまり、クレアチンの効果を求めるためには摂取継続が不可欠なのですが、それをすることによって健康を害するリスクはゼロではありません。クレアチンに限った話ではないかもしれませんが。