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inov-8の原点を訪ねて


数多くのトレイルランナーの足元を支える「inov-8(イノヴェイト)」。アウトソールのグリップ性を始めとしたその機能性の高さは、他ブランドの目標となっている。トレイルランニングの世界で最も高い評価を得る、イノヴェイトが誕生した原点を訪れた。

Photograph by Kazumasa Takeuchi
Text by Masahiro Minai

イノヴェイトが誕生した場所。

イギリスの湖水地方で誕生したイノヴェイト。現在もヘッドクォーターはステーブリーに置く。日本人が滅多に訪れることのない小都市、ステーブリーにある本社を実際に訪問した。

イングランドの湖水地方と聞いてもピンとこない日本人は多いだろう。筆者も実はそうだった。数少ないイメージは、テレビで見た丘陵地にヒツジが放牧されている風景、ピーターラビット生誕の地、そして30年近くスポーツシューズ業界に接している者の知識として、UK製ニューバランスの工場がこの地方のフリンビーという街にあるということぐらいだ。ちなみに、イノヴェイトの本社のあるステーブリーという街とフリンビーは電車で2時間強の距離だから近いといえば近いし、遠いといえば遠い。今回降機地はマンチェスター空港としたが、実際に大都市マンチェスターからステーブリーに到着するまでの風景は、まさに「丘陵地+ヒツジ」。これが延々と続いた。そしてこじんまりとしたステーブリーの街に到着すると、倉庫や商店が並ぶ一角にイノヴェイトのヘッドクォーターが現れた。

コンパクトなオフィスの二階に上がると、そこには数々のフットウェアやアパレルのサンプル、シューズと足のフィット感に重要なラスト(木型)が所狭しと置かれており、これまでに訪れた大手スポーツブランドのプロダクト部門と同様の雰囲気。雑然としたなかにも、プロフェッショナルだけが分かる整理整頓術のようなものが垣間見られた。話によるとイノヴェイトのスタッフのほとんどが日頃からランニングを楽しんでいるとのことで、オフィスから少し走れば、トレイルランニングを思う存分楽しめる環境にある。そんなロケーションにあるだけに、サンプルのテストは徹底的に行われ、ランナーが実際に走るサーフェス(地表)に最適なアウトソールパターンの開発・修正もスピーディだ。とあるスポーツシューズブランドのプロダクト担当者が「アウトソールに関してはイノヴェイトに学ぶことが多く、グリップ性能に関しては最先端を行くと思います」と言っていたが、このオフィス環境がそのことに大きく貢献しているのは間違いないだろう。

イノヴェイトの誕生。

では、イノヴェイトはいかにして誕生することになったのか。創業者であるウェイン・エディー氏に、その舞台裏をインタビューする。

「私がイノヴェイトを創業しようと思ったのは、学校を卒業して以来数々のシューズビジネスを経験して、既存のアウトドアシューズにいくつかの問題点を発見したのが大きな理由のひとつです。何度も何度もテストを行い、2003年に最初のモデルとなるマッドロックが完成しましたが、そのとき会社には私とグラハム・ジョーディソンのたった二人でした。私たちのブランドが最も大切にしているコンセプトは"足がシューズをコントロールする"ということです。

一般的なシューズで屈曲するのは前足部の横方向一か所だけです。オンロードランニングのような平地、つまり2 Dの世界ならそれでいいかもしれません。しかしながら野山の傾斜した地形や凸凹した路面では、その構造だと上手にグリップすることができませんし、ベストな姿勢も保つことができないでしょう。この状態でアウトドアアクティビティを続けると、足首やアキレス腱に大きな負担を与えてしまいます。一方で、人間の足の構造を研究開発したイノヴェイトのメタフレックスという機能は、シューズ前足部の横方向だけでなく、斜め方向や縦方向にも屈曲する構造なので、傾斜した路面でも平地に近い自然な姿勢がキープできますし、不整地の路面でもしっかりと大地を掴むことができます。アスリートの意思をクイックかつ的確に伝達することができるのがメタフレックスで、アスリートの足を確実に保護し、速く走ることも可能にします。

そしてイノヴェイトは砂利、ぬかるんだ泥、固いトレイルといった、あらゆるタイプの路面に対応したいくつもの種類のアウトソールパターンを用意することで、ブランドメッセージの『GET A GRIP』のように比類なきグリップ性能を提供しており、あらゆるレベルのアスリートから高い評価を得ることに成功しています。特にフェルランニングという、イギリスで昔からポピュラーなアウトドアランニングのスタイルがあるのですが、このレースでは舗装されていない泥と岩が混ざった箇所を駆け抜けるのですが、こういったサーフェスでは泥がアウトソールから素早く離れなければ、シューズが路面をグリップしなくなってしまいます。この分野でのイノヴェイトは圧倒的な強さを発揮していて、レースによっては70%~75%のランナーの足元が私たちのシューズだったりします。それとイノヴェイトはアローシステムによって、ランナーに対して明確にドロップ(シューズのかかととつま先の高低差)のバリエーションを提案した最初のブランドということがいえます。これによりアスリートは、脚力の向上に合わせて段階的にドロップを減らし、シューズの履き替えを行うことができます。

またアパレルに関しても最初のシューズを完成させたときと同様に、ランナーが本当に必要とするものを開発しており、本社のある湖水地方は1年のうち80%が雨なのですが、そのために高い防水性、撥水性、透湿性、通気性を兼ね備えたコレクションを揃えています」

ウェイン・エディー/イノヴェイト創業者
アウトドアブランドのバーグハウス、ブレーシャーブーツを経て2003年にイノヴェイトを創業。グリップ性を始めとしたその高い機能性で、アウトドアランニングシューズ市場では圧倒的なシェアを誇る。

イノヴェイトの現状と未来。

トレイルランニングシーンで確固たるポジションを築くことに成功したイノヴェイト。プロダクト&マーケティング担当のマイケル・プライス氏に現在のマーケット状況、今後の戦略を聞く。

「私は人生の多くをスポーツ業界で過ごしてきました。イノヴェイトの一員になってまだ間もないですが、このブランドの魅力はなんといっても、アウトソールの前足部があらゆる方向に屈曲することで足の動きにクイックに反応し、まるで足の一部のようになって速く走れる点だと思います。他のブランドのランニングシューズと比較して、軽量なのもいいですね。アスリートが、イノヴェイトというブランドを愛してくれている理由も、基本的に私と同じだと思います。あとは高いグリップですね。

今後もイノヴェイトはトレイルランニング、フェルランニングのカテゴリーに注力していきますが、最も大切なのはユーザーと直接コンタクトして、プロダクトの魅力を伝えるグラスルーツ活動だと思います。2016年10月29日にポルトガルで行われた、IAUトレイルランニング世界選手権では着用率が2位でした。この数字は基本的に私たちがシューズを提供しているわけでなく、アスリート自らが選んでの数字であることに価値があると思います。あと今後アパレルに注力する予定をしているのですが、企画開発担当のヘレン・スチュワートは毎日のようにラン、バイクを楽しんでいて「何がアスリートにとって必要か?」という答えを自らの経験から生み出しています。現在もアパレルコレクションの評価は高いのですが、今後はより一層機能性に優れたアパレルコレクションを発表することができると思います。期待していてください」

マイケル・プライス/グローバルプロダクト&マーケティング ダイレクター
アディダス、ダンロップ スラセンジャー、リーボック、アシックスといったスポーツブランドで要職を歴任。これまで培った経験を基にイノヴェイトの業績拡大に尽力する。

イノヴェイトの魅力。

世界中のアスリートに愛されているイノヴェイト。その理由と魅力を、主要取扱ショップである湖水地方のピートブランドスポーツと、マンチェスターのエリスブリガムマウンテンスポーツで聞いてみた。

湖水地方の街であるケンダルに店を構えるピートブランドスポーツは、アウトドアを中心に展開するショップ。ここではシューズコーナーのかなりの部分をイノヴェイトが占める。マネージャーのテリー・コンウェイ氏によると「イノヴェイトは一番の売れ筋です。あらゆる路面に対応したアウトソールが用意され、特にフェルランニングのぬかるんだ泥の路面では、イノヴェイト以上にグリップ性を発揮するブランドはないので、アスリートに信頼されています」とのこと。フェルランニングのスポットに近いので、イノヴェイトのシューズを目当てに訪れるランナーも多い。

一方で、マンチェスターの繁華街に位置するエリスブリガムマウンテンスポーツでは、イノヴェイトはインショップ形態で展開されており、「フェルランニングの大会に出走してみるとわかるのですが、足元はイノヴェイトが圧倒的。軽量な点やイングランドのぬかるんだ路面にはどのブランドよりもマッチしていますから」と語るのはスタッフのアンディ・バーラス氏。自らも様々なアウトドアアクティビティを楽しみ「トレイル タロンのシリーズを心から信頼しています。軽くて速く走ることができますからね。私たちのショップでもベストセラーの一角を占めています」とのこと。さらに、最近充実したアパレルも良好なセールスを記録しているという。このように両店を見ればわかるように、イングランドではイノヴェイトは紛れもないトップブランドの地位を確立しているのだ。

イノヴェイトで走る。

イノヴェイトの本拠地のあるステーブリーは丘陵地に囲まれ、まさにトレイルランニングを楽しむのに最高の環境にある。編集長南井正弘が、実際にイノヴェイトのヘッドクォーター周辺でイノヴェイトのプロダクトを履いてトレイルランニング、ロードランニングを体感。そしてローカルランナーが集うフェルランニングの大会"シェパーズ スカイラインフェルレース2016"にも出場した。

まずは最近評価が急上昇中のオンロードモデルから。ピックアップしたのはロードクロー275で、マンチェスターのダウンタウンを軽くジョグ。マンチェスターはロンドンと比べればコンパクトだが、産業革命時代の隆盛を現代に伝える古い建物と近代的なビルディングが巧みに混ざり合い、イングランド北部を代表する都市の風格充分。ロードクロー275はモデル名にあるように、片足275グラム(27cm)という軽量設計な割に高いクッション性を確保しており、多層構造のメッシュアッパーは履き心地のよさと通気性の高さを兼ね備えている。クッション性が高いのと同様にアウトソールの屈曲性に優れ、着地から蹴り出しまでの一連の動作がかなりスムーズで、オンロードモデルにもオフロードで培った技術が確実に取り入れられていることを感じた。

その翌日、トレイルコースへはイノヴェイトのサポートを受けるランナーのベン・アブデンヌアがガイドしてくれたが、泥と岩が混じったイングランド独自の丘陵地帯に一歩足を踏み入れたとき、ぬかるんでいるし、傾斜も凸凹も凄くて「本当にこんな場所走れるの?」と思ったほど。そして大きめの岩の上に着地した瞬間に柔道の大外狩りをくらったように背中から落下してしまった。ベン曰く、同じような岩でも乗って大丈夫な岩とダメな岩があり、地元のランナーは子供の頃から走っているからそれが分かるとのこと。さらに傾斜地をXクロー275で上ったり下りたりすると、最初はアウトソールの屈曲性が良すぎて驚く。しかしながら慣れてくると、自分の意思がシューズにクイックに伝達され、この構造だからこそカラダのバランスを自然に保つことができ、地面をしっかりと掴むことができるのだと理解できた。

そして翌日には、シェパーズ スカイライン フェルレース2016に出走。日本ではトレイルランのレースは大人気で、クリック合戦や高倍率の抽選も当たり前だが、このレースは当日6ポンド(約852円)を受付で払えば、エントリーが完了してゼッケンがもらえる。このレースでは二つのことを感じた。ひとつは一口にトレイルランニングと言っても多種多様で、フェルランニングと呼ばれるイングランドの丘陵地ランは、アメリカや日本のトレイルランニングとは全く別物ということ。前者はある程度道として整備された場所を走るのが一般的だが、後者は道でない箇所を走ることも珍しくないし、湖水地方を例にすると年間の8 0%の日に降水があるために、地面はいつもぬかるんでいるので、日米でポピュラーなアウトソールパターンでは泥がアウトソールに詰まって、全くグリップしないだろうということ。

そしてもうひとつは、イノヴェイトというブランドがこの地で圧倒的なシェアを誇っているということ。今回出走した大会では、創業者のウェインが言っていたような70%~75%という着用率ではなかったが、それでも軽く50%は超えていた。レース前のウォーミングアップ時にある地元男性のランナーと話す機会があったが、彼曰く「他のブランドに浮気したこともあったけど、すぐにイノヴェイトに戻ったよ。イングランドでフェルランニングを楽しむなら、このブランド以上にグリップ性に優れたシューズはないからね。デザインはいいけど、機能性に劣る靴を履いて自ら負けに行くようなことは愚かだとすぐに気付いたよ」。当たり前だが、彼の話のようにイノヴェイトの凄さは、履いて走って他ブランドと比べてみないとわからないのだ。

INFORMATION
inov-8 JAPAN
www.inov-8-jp.com